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評者◆志村有弘
戦時下の女学生のそれぞれの姿、思いを描く粕谷幸子の秀作(「婦人文芸」)――構想豊かな真弓創の歴史時代小説(「茶話歴談」)
No.3494 ・ 2021年05月01日




■近現代を舞台とする小説では、粕谷幸子の「昭和二十年 朱夏‐ジュラルミンと少女たち‐」(婦人文芸第100号)が、秀作。昭和十九年夏、「わたし」をはじめ十五歳の女学生たちは、金沢で特攻隊用の飛行機の部品を造っていた。敗戦後、連隊長の娘(「わたし」の級友)一家全員が自殺して果てたという悲劇も記され、後に開かれたクラス会で、女学生たちが造った特攻隊用の二四八八機は出撃したものの、敵艦に命中したのは二四四機であったことが示される。クラスの中心的存在であったケイコは、ひもじい思いをしなくて済むという母の思いで、農家に嫁いだけれど、四年後に他界した。哀しく、やりきれない場面もある。ともあれ、見事な作品。なお、この秀作を掲載した「婦人文芸」は、作者粕谷幸子の追悼号でもある。
 入江修山の「浄土への岬」(ガランス第28号)は、補陀落信仰を根底に綴る力作。登場する人物は、悲しい体験・苦悶を引きずって生きている。宿の女将も結婚を約束した男がいたけれど、病気で子を産めない体となり、破談となった過去があった。「私」は、自分が今いる、断崖の下には観音浄土(補陀落)へと繋がる海があり、身を投げれば、苦しみから救われるのでは、と思う。「私」は女将から、崖から足を踏み外すと、「地獄」であって「浄土」ではないと話される。それにしても人間とは、なんと悲しいものか、生きるとはなんと悲しく辛いものか、と思う。それとは別に、この作品を読み、後深草院二条の『とはずがたり』に、土佐の補陀落渡海説話が記されていたことを懐かしく思い出した。
 同じく「ガランス」同号掲載の由比和子の「風の行方」は、春風を想起させる爽やかな作品。とはいえ、人生とは何かを考えさせられる重さもある。主人公の麻子は五歳のとき、養女になった。そして、家庭のある男とのあいだに子ができ、一人で息子を育てた。養母は今、病院に入っている。養母の家に戻ったとき、かつて近所に住んでいた光一と再会した。麻子は久し振りに家の中に風を入れた。おそらく光一と麻子の行く手にも爽かな風が吹くのであろう。良質の作品。
 歴史・時代小説では、真弓創の「天狗斬りの乙女」(茶話歴談第3号)が、構想をよく練った佳作。柳生宗厳に弟子入りした明音には、自分の言動から姉を惨い形で殺してしまった過去があった。明音は、姉を凌辱して殺害した辰巳兄弟(筒井家足軽大将)に仇を報じるべく剣に励んでいたが、兄弟に凌辱され、殺されてしまう。だが、明音は兄弟に敗れることを予測し、自分を黒死病と梅毒の体にしておき、復讐を遂げる。明音の師に宗厳、脇役に松永久秀を配し、読ませる作品を作り得ている。活人剣といいながら、明音を死なせた宗厳の心に残る深い悔い。河田兵蔵の労作「野村の乱」(北第66号)は、『日向記』などを資料として、十五世紀末の日向地方を舞台に、伊東家と島津との戦いを描く。野村は伊東の家老。続篇を期待したい。
 評論・研究では、作家・作品論、資料掲載など多彩な「吉村昭研究」が五十三号を重ねた。宮本百合子没後七十年記念特集を組む「民主文学」第666号も百合子の思想・文学に関する評論や座談会などを掲載して貴重。
 詩では、笠原仙一の「ブルームーン」(水脈第69号)が「会いたいなあ/会いたい」という書き出しで、「君」・「死んだ父母」・「昔の友」と会いたい人を並べ、「よく頑張って来た と 笑い合いたい/褒められたい」と結ぶ。懐かしい人への思いと寂寥。素直な、いい詩だ。長嶺幸子の「うそつき」(詩遊第68号)は、「私」が幼時、嘘をついたときの父の悲しい表情とそのおりの父の教育(しつけ)、自分は「正直にいきてきた」けれど、「やむをえず」ついた嘘。父への優しい視線や作者の純粋な心が美しく表現されている。
 短歌では、高橋惠子の「源氏物語女ひと」(陸第24号)が圧巻。「宇治十帖」を踏まえた作品が軸を成しており、「柏木の横笛吹くも夕霧の心まどひて月めで明かす」など、華麗な王朝絵巻を展開。大野友子の「紫野」(谺第99号)と題する歌に、『万葉集』などを想起させる作品と共に『百鬼夜行絵巻』を踏まえた「百年を使ひし道具に付喪神 百鬼夜行の妖怪絵巻」等があり、強く心惹かれた。
 俳句では、二ノ宮一雄の「稲光」と題する「傷秘めて夫婦茶碗や稲光」(架け橋第38号)が印象に残った。心の陰影を隠すかのような「傷」・「秘めて」・「稲光」という句語の内容に様々な思いを馳せてみた。小澤康秀の「独り居の沢庵さかなの濁り酒」(労働者文学第88号)は、寂寥と共に達観した姿勢が静寂の中に示されていて心に残る。
 「飢餓祭」第47号と「港の灯」第13号が神盛敬一、「現代短歌」第83号と「未来」第829号が岡井隆、「水脈」第69号が葵直喜、「どうだん」第863号が相川不二也と永田のり子、「扉」第26号が松雪彩、「婦人文芸」第100号が粕谷幸子、「北斗」第674号が石川晴子、「みらいらん」第7号が佐藤文夫、「民主文学」第666号がにしうら妙子、「吉村昭研究」第53号が柏原成光の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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