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評者◆凪一木
その92 一五〇円の怪奇
No.3493 ・ 2021年04月24日




■サイコパスの恐怖や脅威について、知らぬ者に対して、私としては、もっと知らせたい気持ちでいっぱいだ。サイコパスは、一人でするマスターベーションそのものだ。フーゾクには行く。所詮は合法のマスターベーションであるからだ。サイコパス以外の人は、たとえ営業であれ、協力して得られる人間的欲望を疑似的にでも味わう。だがサイコパスは、そんなことはお構いなしだ。そのうち、もし強姦を覚えたなら、人間であれば躊躇するが、サイコパスは犯罪マスターベーションとして、平気で行うだろう。
 北九州での最低七人の連続殺人事件に関して、主犯というより、ただ一人の犯罪者である松永太は、実際に手を下していないうえに、死体処理(跡形もなくゼロにしてしまう)の一切にも加わってはいない。口で指図もしくはそれ風に導いているだけである。サイコパスの一番厄介なところは、この操作主義である。人を操る。もしくは何かをさせる。
 私が入社して間もなくの頃のことである。少々親しく話せる関係ができたと見るや、ある日曜日二人きりになった。最古透は、私に、昼食を買ってきてほしいと頼んできた。目の前のコンビニである。
 「いやあ、昨日から僕、体の調子が悪くて、もう全然ダメ。スパゲティと弁当で良いから、何でも良いからお願い、これで買ってきてもらえませんか」
 そう言って一〇〇〇円札を渡される。すぐ目の前のコンビニにいつも行っているくせに、今日に限ってなんだよ。だが、私の休憩時間を三〇分延長していいという。仕方なく「行く」。
 この「行く」、つまり「行かせる」ということが大切なのだ。この話をすぐに同僚に話したら、「それ、危ないよ。もうそういう話には乗らないほうがいい」と言われる。何のことかはわからなかった。ただ、異様な感じがしたのは、「ありがとうございます」と言って、お駄賃のようなお金を渡してきたのだ。それもお釣りは二〇〇円と一〇円玉が少しだったのだが、財布から別に一五〇円だけ渡してきた。「いや、そんなお金なんて要らないよ。使い走りみたいで気持ち悪いよ」。
 「いやいやいや」。そう言って、満面の笑顔で、手をグーに握りながら、もう一方の手で私の手を握って、強引にお金を渡してきた。いや、無理矢理な感じがした。
 始め一〇〇〇円札でも入っているのかと思ったら、それが一五〇円という実にわかりにくい金額だったのは、受け取ってすぐにわかった。「なんか中途半端な金額だなあ」と不思議に思った。いや、気持ち悪かった。それに二百と数十円が釣りなら、二百円で良いではないか。一五〇円という中途半端さは何か。
 その同じ週である。ロッカー室の卓上に、一〇〇円玉が転がっている。誰かが財布から落として忘れているのか、少なくとも私ではない(と思う)から、「自分は知りません」と言ってそのまま放置していた。それは、他の人間たちも同じで、したがって、その一〇〇円玉は、そのままテーブルの片隅に置かれていた。その一週間後、また最古透が騒いでいる。今度は五〇円玉が落ちていた、という。これもまた、皆誰も身に覚えがない。それでそのまま一五〇円がテーブルの上に約一年間、無意味に置き去りにされたのである。
 その話を、私は、たぶん最古透の仕業だとして、労働ユニオンに加入して打ち解けてから、ユニオンの皆に話した。そうしたら、こう言われた。
 「凪さん、その現場もう既に空気がおかしいよ。そんなお金は、貯金箱に入れるなり、誰かが代表して使うなりして、さっさと処理してしまえばいいじゃない。それに、今までの話を聞いていると、凪さんの現場の人たちが、完全に気持ちも行動も支配されている。換気するなりして空気を入れ替えたほうが良いよ」
 確かにその通りなのだ。まるで大したことのないことで、ビクビクしている。マタギと呼ばれる、秋田のマタギの村出身の男は、初め私が入ったときの現場の所属長であった。
 皆が共同で使用する冷蔵庫に、私は二リットル入りの水を入れていた。縦置きには入りきらないので、横に寝かせて入れていた。フタ(蓋)には名前を書いてある。ところがフタのしまりが悪く、水が漏れているという。ならば、締めなおせばいいだろう。水はそのまま流れっぱなしなのだ。最古が蓋を緩めたのかはわからない。
 秋田訛りのマタギは、こう続ける。
 「凪さん、あのまんまじゃ水流れだしだっぺ。早く冷蔵庫に見にいった方がいいっぺよ」
 このときも、この男はおかしいと思った。マタギが蓋を閉めたらいいではないか。だが、他人の物に下手に手を出すことが、最古透の格好の餌食、ネタ、攻撃の対象となることを知っている者たちからすると、どんなものであれ、知らぬ存ぜぬで通そうとするわけだ。
 ロッカーは、全部で一二台あるのだが、一人ひとり使っても、全部で最大七人しかいないので、五台は余る。一カ所は、全体で余っているようなものを押し込んでいる。したがって四台は空きのはずだ。また、最古透だ。
 「凪さん、誰か一人、二台使っている人がいる」
 そこで、あの人ではないかという会話をし、その「あの人」に、「凪さんが、あなたのことを二台使っていると言っている」と伝える。実際には、最古が仕組んでいる。
 もっと話をすると、ドコモの携帯電話は、そのロッカー室(地下二階)からは通じるのだが、auは電波が届かない。最古透はしかし、auなのに、電波が通じる。
 所長が、こう言っている。
 「最古さんだけ、電波が通じるように、上の方にキャッチできる何かを設営しているようだ」
 私とフェラーリとで、驚いた。「そんなこと許されるんですか」「私も最近知ったんで、私が来る前からじゃないですか、それ以上言うと、最古さん、何するかわからないし」。
 ロッカー室には盗聴器が仕掛けられているという噂があった。それで、私とフェラーリで、何度か仕掛けをし返した。つまり架空の話をして、その話を最古透が知っているかどうかを確かめるのだ。
 私がフェラーリと会社を始めて、この現場を出るという話をした。その翌日である。私とフェラーリの前で朝、こう話してきたのである。
 「凪さんの会社に僕も入りたいなあ」
 そして、危険を察知したのか、防災センターに仕掛けていたであろう盗聴器を外しに、我々を導いて、どこかに行くふりをして戻ったのだ。
 最古がいなくなってからも、我々は部屋中に隈なく気を使っている。
(建築物管理)







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