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評者◆休蔵
時間軸を大きく超越した構成
「無伴奏チェロ組曲」を求めて[新装版]――バッハ、カルザス、そして現代
エリック・シブリン著、武藤剛史訳
No.3490 ・ 2021年04月03日




■ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。1685年生まれのバッハの顔は、小学校の音楽室に貼られた肖像画でなんとなく覚えていた。白い巻き髪カツラでいかめしい顔つきの彼は、ベートーベンやモーツアルトと同様の大作曲家に数えられている。
 しかし、バッハの評価は、じつは死後に高まったものであることを本書から知ることに。そして、曲にもだいぶ時が経ってから発掘されたものがあるということも。本書のタイトルにある「無伴奏チェロ組曲」もそんな曲の一つ。本書はバッハの人生を掘り下げる。
 彼は音楽一家に生まれ、育つ。しかし、作曲家としての道を選んだわけではなく、最初は教会オルガニストとして歩み始めた。
 その才能はすぐに見いだされる。当時、音楽家としての道は、パトロンに見いだされ、宮廷楽団に入ることで名声を得ることで開くことができたという。
 バッハの演奏家としての才能は見いだされるものの、彼の満足を覚えるほどの成功とは言えなかったようで、バッハは職を転々としたようだ。
 その過程で最高の演奏手腕を持つ宮廷楽団用の曲を作るようになる。そんな曲の中に「無伴奏チェロ組曲」も含まれていたと著者は推測する。それでも作曲家としての才能が生前に評価されることはなかったというから驚きだ。
 「無伴奏チェロ組曲」の発掘は、スペインが生んだ天才チェリスト、パプロ・カザルスによる。それは偶然の産物で、少年カザルスが父親と楽譜を扱う古本屋で見出した。カザルスが手にした楽譜の表紙には「ヨハン・ゼバスティアン・バッハによる無伴奏チェロのための六つのソナタあるいは組曲」と書かれていたそうだ。
 この偶然により、「無伴奏チェロ組曲」は再び生を得ることになり、現代を生きる私たちを楽しませてくれることになったと。
 ところで、バッハが生前に評価を得ることができなかった理由としていくつかあげられている。
 例えば、大都会に住むことがなかったバッハはオペラを作曲する機会がなかったそうだが、当時音楽的名声を得るためにはオペラで成功を収めることが必要だったそうだ。また、音楽スタイルが時代遅れだったことも要因のひとつらしい。
 いずれにせよ、バッハの音楽そのものへの評価というわけではなかったようだ。そのため、名曲が長らく闇のなかで沈殿していたということになる。偶然の発掘がなければ、「無伴奏チェロ組曲」も永久に闇の中……そして、本書を紐解くまでは、そんな事実を知ることなく過ごしていた。
 芸術の評価が時代の風潮により左右されることは今でもあることで、音楽に限らず、本だってそう。有名賞を獲得できていない作家がひっそり名作を生み出すことはよくある。そんな作家の作品をきちんと評価する眼を養わねばと強く思わされた。
 本書は「無伴奏チェロ組曲」を軸に、バッハの時代、カザルスの時代、そして著者エリック・シブリンによる現代の調査と、時を大きく超えながら物語を紡ぐように展開する。そして、「無伴奏チェロ組曲」は江戸時代と同時代にバッハが作曲し、明治9(1876)年生まれのカザルスが見出したもので、令和時代に本書を手に聴くことができる。
 当たり前のように享受しているこんなことも、実は大いなる奇跡の結果ということのようだ。







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