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評者◆杉本真維子
「さようなら」のひみつ
No.3489 ・ 2021年03月27日




■人間にとって「動物」を亡くすとはどういうことなのだろう。近頃、学生時代から20年以上をともにした猫を亡くし、以来、それについてずっと考えている。ペットロスという言葉はもちろん知っていたが、そのつらさは想像を超えていた。悲しみは比べられるものではないが、骨身にこたえるというところでは、正直、父を見送ったときの比ではないと感じている。理由は説明できる。動物は、私の知らない世界を持たないからだ。
 人間は、どんな人であっても、私の知らない世界を持っている。私の知らない人間関係、私の知らない読書歴……。そのことが、流す涙の範囲に、やさしく制限をかける。そのような“立ち入り禁止”の面を人間は必ず持っていて、それが悲しめるものにとっては、ささやかではあるが、救いになるのではないだろうか。
 けれども、動物はちがう。その「仔」にはその人間(飼い主)しかいない。あまり知られていないかもしれないが、動物が人間に対して注ぐ愛情は信じられないくらい深いものだ。彼・彼女は映画も観なければ読書もしない。ただ一途にその人間だけを見つめて生きている。たとえば、私の猫は20年間、私が出掛けるときは玄関先まで見送り、帰宅すれば玄関先まで出迎え、抱き上げれば鼻先にキスをしてよろこびを表現してくれた。そのような命に対しては涙の範囲に制限のかかりようがない。全方位、土砂降り。その“単純”な生のまるごとの時間を自分一人だけが“単純”に知っている、ということの重さが、「ペットロス」の本質なのだと思う。
 この世でたった一人きりになってしまった、という震えるようなさびしさのなか、言葉がほしくてたまらなくなった。動物の死に関する本を貪るように読んだ。どこかに私が信じたいことを信じさせてくれるような、魔法の本はないものかと。
 そこで出会った一冊が、横田晴正『ありがとう。また逢えるよね。――ペットロス 心の相談室』(双葉社)だ。動物に読む経文がないと知ったときの衝撃を胸に、自らペット霊園を設立するに至った僧侶による本。死別に付きまとう「後悔」に焦点を当てていて、その痛みを取り除くための懸命な“説得”が心に響く。もう一つ、この本から得たことは「縁」についての新たなイメージだ。生まれ変わりや輪廻という概念には立ち入らず、縁は消えない、というただ一つの力強いメッセージを、平易な言葉と独特の明るさで、読者に伝え、考えさせようとしている。
「「さようなら」には省略されている言葉があります。正しくは「さようなら。また会いましょう」です。なんで省略するのかって? また会うのが分かっているからですよ」
 同じ時期に、吉野弘の詩「生命は」を読み返していた。この詩には、互いに知りもせず知らされもせず、互いの欠如を満たしあう者同士の関係性が書かれている。ここで「そのように/世界がゆるやかに構成されているのは/なぜ?」という問いのかたちで確信されているものは、「縁」と言い換えてよいものなのだろう。
 どちらも、絶望の底にいるものの心に届いた。それはとてつもない力なのだと思う。







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