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評者◆睡蓮みどり
家族の呪縛から解放する、家族の物語――リー・アイザック・チョン監督『ミナリ』、ダニエーレ・ルケッティ監督『ワン・モア・ライフ!』
No.3488 ・ 2021年03月20日




■家族とは何だろう。これまでも散々考えてきたが、改めて思う。前回の連載で、大学時代の自分のことに触れて、父の借金のことを書いた。ようやく過去になりつつあった。ところがつい最近、父が再び多額の借金をしていることが判明した。昨年、余命宣告をされてから自暴自棄になったのだろうか。後先を考えずに借りてしまうのは病気としか思えない。いや、病気なのだ。私は父がギャンブル依存症であることを知りながら、その治療に付き合おうとしなかった。憎しみもあったし、時間もお金もこれ以上使いたくなかった。そんな背景もあって、私はフィクションで描かれる家族モノをゆがんだ視点でしか見られないで生きてきた。不思議なのだが、フィクションではない仲の良い家族の話(もちろん表面しか知らないとしても)を聞くのは好きだ。友達に二人目の子供が生まれるとか、友達の両親がラブラブな話とか。憧れの気持ちが私を幸せにしてくれるのかもしれない。とにかく毎日でも聞いていたい。

 そんなこともあって、妻子がいながら性懲りもなく平然と浮気を繰り返すような『ワン・モア・ライフ!』のパオロ(ピエールフランチェスコ・ディリベルト)には腹が立って仕方がない。とはいえ冒頭から交通事故にあって死んでしまうというコメディなので、本気で怒ったら負けだ。しかも延ばされた寿命も92分という短さ(本作は94分)なので怒ろうにも時間がない。パオロがイタリア人ではなく
日本の「愛すべきダメおやじ」だったとしたら、私の怒りはマックスだっただろう。しかし彼はイタリア人だ。レストランのウェイターが会って3秒で求婚し、お土産ショップの店員がお会計間際に手を離してくれない、そういう国だ。「イタリア人はみんなドン・ジョヴァンニ」とは言わないけれど、観光客として数時間街を歩いただけで、イメージするようなイタリア人男性が街中にゴロゴロいたこともまた事実だ(観光向けにわざと演出しているのかな?)。
 どれだけパオロが自分勝手に生きても、「天国行き」が決定しているあたりは、もともと浮気なんぞ罪でも何でもないのだろう。パオロと一緒にスピードを出したスクーターに乗っていると思うと、このどうしようもなさとヒヤヒヤする感じが交互にやってきて、だんだんと面白くなってくる。死に際に思い出すのは、美しい家族の物語ではなく瑣末なことばかり。それでも悪あがきのように彼は家族との時間を過ごそうとする。人間はつくづく後悔の生き物だ。今更「家族」になろうとする夫と、とっくに「家族」になっている妻。そしてどんなに痛々しい父親であろうと、子どもにとっては父親であるという事実。その温度差が一致することはないかもしれないが、「次に裏切ったら容赦なくお命ちょうだいいたします」と死神の視点になってこの家族を見守りたいと不思議な気持ちにさせられた。
 監督は、ナンニ・モレッティ監督のエキストラで現場入りし、同監督の助監督になるという異色の経歴をもつ。かつてマフィアたちの抗争が起こったパレルモという美しい街を、危なっかしい運転に乗って走ってみるのも楽しいかもしれない。

 もう一つ、家族の物語だ。アメリカでの成功を夢見てやってきた韓国からの移民夫婦とその子供たち、イ一家。そこに妻の母、“おばあちゃんっぽくないおばあちゃん”がやってくる。妻モニカ(ハン・イェリ)と夫ジェイコブ(スティーヴン・ユァン)の間にもまた温度差がある。韓国の農作物を育てることで成功すると信じてやまない夫と、子どもたちの生活や、幼い息子の心臓の病気が気がかりで日々の生活を現実的に見ている妻。
 1965年に米国移民法改正後に移り住んできたであろう若い夫婦は、リー・アイザック・チョン監督の両親をモデルにしている(監督自身は韓国系アメリカ人)。この物語の重要な役割を果たすおばあちゃんスンジャ(ユン・ヨジョン)とまだ7歳のデビッド(アラン・キム)は、アメリカの片田舎で初対面する。ずっとアメリカで育ってきた姉弟の会話は英語で、両親よりも流暢な英語を喋る。初めて会うおばあちゃんは「なんか臭う」、「異国からやってきた人」だ。普段夫妻はヒヨコの雌雄判別の仕事で食いつないでいるが、そこにいる韓国人たちはコミュニティをつくりたがらない。映画ではあまり触れられていないが、韓国での暮らしがうまくいっていたとはいえない現実があったのだろう。この暮らしぶりからは、教育のために移民になったとは言い難い。アメリカの田舎でマイノリティの家族として暮らしている。アメリカ人の子供が「どうしてそんなに顔が平たいんだ?」とデビッドに尋ねるシーンはあるものの、子ども同士はそのあとにすぐ仲良くなり、いじめにあうこともない。
 マイノリティの話とレイシズムの話ではなく、この物語の主軸はあくまで家族なのだ。異国の地に農場という小さな“故郷”をつくろうとする夫は、家族が崩壊しかけていることにも気づかない。育てた韓国の食材は移民のためにパパママショップで売られる。ジェイコブは何とか農作物を育てようとするが、天候や地下水の干上がりもあり、生きる糧が生活を脅かすものにさえなろうとしている。
 子どもの頃に食べ続けた食べ物はアイデンティティにもなる。韓国から母スンジャが持ってきた唐辛子や干し芋にモニカが涙するのは決して大げさなことではないはずだ。タイトルにもなった「ミナリ」は韓国でよく食べられているセリのことだ。どこにでも根を張って強く生きる様子が描かれる様は、異国の地で生きることを選んだ家族の一つの理想のかたちとして自然のなかにそよいでゆく。こうあるべき家族の姿、そんなものは必要ないかもしれない、ということをこの映画は示してくれる。ただ自分たち自身がそれぞれ土に根を張って生きていくような生き方ができたら、それは間違いなく美しいことだ。それが幸福な偶然として同じ場所に生えていたら、それはまた喜ばしいことなのかもしれない。家族の物語を見つめながら、家族という呪縛から少し解放されたような気がした。
(女優・文筆家)







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