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評者◆睡蓮みどり
かたちはなくとも残り続けるもの――小森はるか+瀬尾夏美監督『二重のまち/交代地のうたを編む』、岨手由貴子監督『あのこは貴族』、ユン・ダンビ監督『夏時間』
No.3486 ・ 2021年03月06日




■幼稚園から高校まではいわゆるミッションスクールに通っていた。幼稚園などは「お父様、お母様」と呼ぶのが当たり前で、運転手付きのクラスメイトも少なくないような環境、中学高校の女子校時代の挨拶は決まって「ごきげんよう」だった。大学に入ってからは、生きる世界がガラガラと音を立てて変わった。ある日突然に、父親の莫大な借金が発覚して、突然学費から家賃から、何から何まで自分で働いて払わなければならなくなってしまった。親の家に住んで学校に通えたり、親のお金で暮らせたりする人たちが羨ましかった。ずるいと思った。憎む相手が違うことはわかっているが、そうやってわかりやすく誰かを、社会を恨むのは楽だった。親を恨むというのは、非常に体力と精神力がいるのだ。いろいろあったが、結果私は大学を辞めた。
 そんな事情もあり、必死に勉強して大学に入ったものの、学費を稼ぐために夜の世界でアルバイトをして愛想を振りまかざるを得なかった美紀(水原希子)を見ながら、どこか苦々しい日々を思い出しつつ、彼女が捻くれずに真っ直ぐにいられることを眩しくも感じる。『あのこは貴族』は階層の違う二人の女性を中心に描く。東京生まれの裕福な暮らしの華子(門脇麦)と、富山生まれで裕福ではない美紀。そして二人の接点に一人の男性が登場する。この物語のなかで一番階層の高い幸一郎(高良健吾)は幼稚舎から慶應義塾に入り、現在は弁護士、将来は政治家になる道が敷かれている。美紀は幸一郎の大学の同級生であり、華子はお見合いで出会った彼の婚約者だ。
 違う世界を生きる女性の話はこれまでもいろんなかたちで語られてきた。女性誌でもワイドショーでもこぞって取り上げられた。専業主婦とキャリアウーマン、子供がいるのかいないのか、既婚か未婚か。どちらが優れているのかということを競い合わせようとした。一昔前は女性たちを対立構造の上に並べて喜ぶ気味の悪い人たちが少なからずいたのだ(今でもいるが、あえて過去形にしたい)。お雛様を家に飾るという話をするシーンで、華子が美紀の言葉に対して「信じられない」と言ってしまうのは驚きからで、到底意地悪さからではない(だからこそ、何ともモヤモヤするのだが)。
 彼女たちは対立はしない。しても意味がない。違う世界に暮らすことをひがんだり、憎しみ合ったりすることなく生きようとする。特に美紀は闘うべきものが女性同士とか違う環境にあるとかいうことではなく、もっと別のところにあることをすでに身を以て体験しただろう。
 実際には階層はいまだに脈々と続いている。これは女性だけの話ではなく、日本社会全体にいまだにある。だけれどこの物語は、階層の違いに焦点を当てているのではなく、美紀や華子をはじめ、現代を生き抜こうとする女性たちがそれぞれの生き方を見つけようとする共通点に光を当てている。自由な精神でいるというだけのことが難しい。



 昨年公開の『はちどり』でも家族と少女の描き方が印象的だったように、注目すべき韓国映画がたくさんある。『夏時間』も、主人公の少女オクジュ(チェ・ジョンウン)とその家族の一夏の時間を追う。彼女を取り巻く日常は、ゆっくりと少しずつのようでいて、あっという間に変わってゆく。感情は時にそれに追いついていないこともある。自分のことを好きなのかよくわからない彼氏の存在、少女からしたら幼くてコドモな弟、父親が偽物のブランド靴を売っていることを知り、離婚して一緒に暮らしていない母とは顔を合わせたくなく、家を出てきた叔母は友達のようだけどオトナで、一緒に暮らすことになった祖父は感情がよくわからず、具合も悪そうだがどうしていいかわからない。
 少女時代は大人になってもついて回る。大人になることが少女時代を受け止めることだとは思わなかった。かつての感情を否定しないことが、大人になるということなのだと実感している。脱皮してどんどん成長していくのではなく、自分のなかにある子どもの部分を守れるかどうかが試される。オクジュにとってはこの一夏は過ぎ去ってしまう時間ではなく、傷や痛み、そして不器用ながらも幸福の瞬間があったということが生々しく蘇るときが来るかもしれない。この映画にはそんな瞬間がたくさん映っている。懐かしくも新しい大切な映画だ。



 2011年3月11日に生じた東日本大震災。先日の地震で嫌な予感がよぎった人も多かっただろう。あのとき、あの出来事が過ぎ去ったものではないということを実感した。東日本大震災のボランティアをきっかけに、映像作家の小森はるかと画家・作家の瀬尾夏美がアートプロジェクトを立ち上げた。『二重のまち/交代地のうたを編む』では2018年に陸前高田市を4人の若い旅人が訪れ、彼ら彼女たちはそこに暮らす人々の声に耳を傾け、時に言葉を咀嚼し、迷いながら、自分たちの言葉を紡いでいく。
 かつて震災の被害を受けて姿を変えたまちの上には、新たなまちがつくられ、新しい暮らしが始まる。そして2031年にそこで暮らす人々の姿を想像し、言葉にする。失われてしまったもの、失われないもの、かたちを変えて続いてゆくもの、かたちはなくとも残り続けるもの。
 誰かの言葉を再び語ろうとすることは、とても勇気のいる行為だ。記憶は自分の経験に基づいたものだけを指さないということは、映画や本、絵画や音楽に触れることを喜びとする人にとっては容易く想像できるだろう。誰かの話を真摯に聞こうとすることは実はとてもエネルギーのいることなのだ。自分が話すときは饒舌だが、他者の話を聞けないという人もたくさんいる。寡黙な人が相手の話をちゃんと聞いているとも限らない。この人は聞いていないな、と思われたら喋るのをやめてしまうかもしれない。想像し、何を伝えようとしているのか読み取ろうとする。そして紡いだ言葉は、正解ではないかもしれない。震災以降、すぐにそれにまつわる表現が多くでてきた。私はそのとき東京にいたが、自分自身の体験でさえ、何が正解かわからなかった。そしていまでも、あのときの感情に正解などないということをまざまざと知る。生き物のように呼吸し続けている感情なのだということをつきつけられ、生きている鼓動に耳を傾けている。
(女優・文筆家)







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