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評者◆関大聡
フレンチ・リアクション――ミシェル・ウエルベックと新反動主義(前編)
No.3484 ・ 2021年02月20日




■昨年十月頃、ミシェル・ウエルベックのエッセイ・インタヴュー集『発言2020』が刊行された。『発言』(一九九八)、『発言2』(二〇〇九)とほぼ十年刻みで増補を重ねてきた同書では、ウエルベックの文筆業が本格化した九〇年代初頭から現在に至る公的発言が時系列順に収録されている。ラジオ局フランス・キュルチュールでは早速特番が組まれ、この刊行を「小さな事件」と呼んだ。発言すれば新聞・メディアがこぞって取り上げる作家であるだけに、既発表文の寄せ集めとはいえ、待望の新刊と言うべきだろう。
 ここで少しおさらいしておくと、ウエルベックは小説『闘争領域の拡大』や『素粒子』によって九〇年代に読者のカルト的支持を集め、二〇一〇年には『地図と領土』でフランスの権威ある文学賞ゴンクール賞を獲得するに至った、現代フランスを代表する作家のひとりである。と同時に、イスラム嫌悪や女性嫌悪などの烙印を押されるスキャンダラスな作家でもあり、その論争のピークはムスリム党が政権をとる近未来のフランスを描き、シャルリー・エプド事件の同日に刊行されたことも話題を呼んだ二〇一五年の『服従』出版に極まったと言えるだろう。二〇一九年の新刊『セロトニン』はこれに比べると平穏に受け止められたが、日本でも同年内に関口涼子訳で出版されるなど、その人気は衰える様子もない。コロナ下では小文「少しばかり、より悪く――何人かの友への返信」を発表したことも話題になった(『発言2020』に所収。野崎歓訳で『文學界』二〇二〇年七月号に掲載)。
 では、『発言2020』の面白味はどこにあるのか。小説家(あるいは詩人)としてのウエルベックの愛読者であれば、彼の作品の中心をなすペシミズムやアイロニー、あるいはそれと奇妙に混じり合う叙情的な調子を見出そうと期待するかもしれないし、その期待は裏切られまい。またエッセイであるからには著者の歯に衣着せぬ舌鋒の鋭さを期待するのも正当なことだし、その点でもフランスの国民的詩人を罵倒した最初のエッセイ「ジャック・プレヴェールは馬鹿だ」から最近の「ドナルド・トランプは良い大統領だ」に至るまで、実に「ウエルベック的」と呼ぶべき価値判断のアシンメトリーが形成されている。
 だがそれに増して私が興味をそそられるのは、ウエルベックが自らを位置づけようとする(あるいはメディアによって位置付けられている)フランスの言論空間との関係である。しかもここで言う言論空間は、日本ではあまり知られていない文脈である。確かにしばしば言われるように、ウエルベックはフランス本国より国外での評判が高く、フランス国内で初の大学主催のシンポジウムが開かれるには二〇一二年を待たねばならなかったなど、孤立した作家という印象を抱かれがちだ。だが「介入」の意も持つ書名を冠した本書を通して見えてくるのは、ウエルベックによるフランス固有の言論空間への介入の実践であり、かつ彼が親近感を抱く書き手たちと、「党派」とまでは言わないにせよ――掲載誌は共産党系の文芸誌から左派系のカルチャー誌を経て、保守系・極右寄りの雑誌や対談相手を選ぶまで多岐にわたり、独特のバランス感覚を窺わせる――、少なくともネットワークを構築しようとする試みではないだろうか。
 とりわけ目を惹くのは、二〇〇二年以降の、新反動主義に関する言説との関係である。新反動主義、この語はオルタナ右翼や加速主義など英米の言説を経由して日本にも定着しつつあるように思われるが、フランスでも活発な議論の的になってきた。とりわけ極右・国民戦線のル・ペンが社会党の候補を破り、保守党のジャック・シラクと対決することになった二〇〇二年の大統領選挙と、その余韻の冷めやらぬ頃に刊行された歴史家ダニエル・リンデンベルグによる『秩序への回帰、新反動主義に関する調査』(二〇〇二)がその火付け役の役割を果たした。同書に挙げられるウエルベック以外の名前――フィリップ・ミュレ、モーリス・ダンテック、アラン・ソラルなどの作家や思想家――は日本の読者には馴染み薄いが、現代フランスの一種の「黒い水脈」を垣間見させる。そこで今回は、ウエルベックの受容を語る上でも欠かせないこの側面に一瞥を与えてみたいと思う。
 「新反動主義」が語られるときはいつでも定義の問題が浮上する。リンデンベルグは彼らはその言説内容よりも「パッション」、嫌悪の熱量によって識別されると言い、彼らが槍玉に挙げる現代の事象として「大衆文化」、「風紀の自由化」、「知識人」、「六八年五月」、「人権思想」、「混血社会」、「イスラム」、「平等思想」を挙げている。「開かれた社会」を標榜するリベラルな近代社会にあって、価値の多様性を擁護することは金科玉条となっているが、そうした民主主義の根幹に異を突き付けるという「反動的リビドー」こそ、彼らに共通する姿勢であるというわけだ。
 複数の学者による論集『新反動主義の言説』(二〇一五)でも、こうした「姿勢」こそ彼らの弁別特徴なのだという主張は共有されていた。それにしても、では誰が「新反動主義者」なのか、という疑問は残る。リンデンベルグの著書に最も向けられた非難もそれで、主義主張の様々な書き手たちをひとまとめに批判する「アマルガム化」の手法が問題とされた。
 同時に名称も問題になる。多様性や平等といった近代的価値に反旗を翻す一連の思想家、作家が存在するとして、彼らを名指すのに相応しい呼称は「新反動主義」だろうか。この点には著者も逡巡を見せ、歴史学で既に用いられている他の隣接概念――「第三の道」、「非順応主義」、「保守革命」、「反動的近代主義」など――にも言及している。
 また「新」というからには「旧」反動も存在するはずだが、この点では彼らの先駆者として「反革命」の思想を考えた方が良さそうだ。一七八九年のフランス革命、一八四八年の二月革命、一九一七年のロシア革命など、革命は進歩・近代性をめぐる無数の言説を生み出してきたが、その未来志向への幻滅が露呈したとき、反動的言説は重しを除けられて俄かに活気づく。とりわけ著者の念頭には、自身の専門でもある両大戦間期の作家・思想家があるようだ(「秩序への回帰」という書名も両大戦間期に美術などの領域で唱えられたモットーへの参照だった)。ここで私たちは、昨今のフランスの言論空間を騒がす不穏な比較――「今日私たちは、ファシズムに帰着したあの三〇年代を反復しているのではないか」――の典型に出くわしていると言えよう(この点でも著者は批判されたが、あくまで同一視ではなく比較自体は有用だと反駁している)。
 ではいったい現代の反動はいかなる革命に対する反動なのか。それは一九六八年の五月革命、つまり私たちのライフスタイルに象徴的変化をもたらした、あの「革命」への反動だ。付け加えておくなら、ウエルベックにとって六八年五月は現代の個人主義の伸張をもたらした戦犯の如き存在であり、さらにこの六八年五月=個人主義革命という説はリュック・フェリーとアラン・ルノーによる『六八年の思想』(一九八五年、邦訳・法政大学出版局、一九九八年)の中心テーゼであった。元大統領ニコラ・サルコジが選挙期間中に「六八年五月の清算」を掲げたように、フランスでこの「革命」の評価はイデオロギー的争点であり続けている。
 さらに付言しておくと、フランス新反動主義の言説においては文学の特権的地位が指摘されてきた。リンデンベルグも近年のイデオロギー的バックラッシュに文学が果たした役割を強調し、なかでもウエルベックとダンテックに最大の紙幅を割いている。文学者が思想上の師のような役割を果たす、これは極めて「フランス的」と言える現象で、文学史的にも重要なテーマとなる。リンデンベルグは文学史家ポール・ベニシューによる『作家の聖別』(一九七三年、邦訳・水声社、二〇一五年)を引用し、ロマン主義以降のフランス作家が「世俗の精神的権力」を行使したとの議論に依拠していた。
 だが、文学作品を著者のイデオロギー的主張の表白と見做そうとする場合、テクストの地位に固有の困難に直面することになる。明確に「テーゼ小説」のスタイルをとるのでなければ、著者の思想と登場人物の思想を混同するのは危険である。この点リンデンベルグはウエルベック小説内の記述をしばしば彼の思想の表現と短絡し、『プラットフォーム』を人種主義的で「根本的に反第三世界主義の小説」と評しているが、これをそのまま受け入れることはできまい。
 ことウエルベックに関しては、その独特のアイロニーにより、「本来の」主張がどこにあるのか特定するのは極めて困難になる。他方で『新反動主義の言説』では、現代文学の優れた読み手であるドミニク・ラバテがウエルベックを論じているが、彼もこの問題を前に一歩退き、ウエルベックが論争的人物となる以前の最初期の作品、『闘争領域の拡大』を取り上げている。賢明ではあれ、満足のゆく選択とは言えまい。
 『発言2020』が重要なテクストとして現れるのはこのためだ。エッセイやインタビューでは発言者が一人称で、つまり自らの声で発言するとされるのが通念である。だからこそ登場人物の背後に隠れた作家の首根っこを掴むことが期待できるのではないだろうか。それでは、ウエルベックは新反動主義についてどう「発言」したか。
(フランス文学・思想)
(※この稿、四月掲載分に続く)







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