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評者◆睡蓮みどり
夢を見る力は、現実を動かす――ルーベン・アウヴェス監督『MISS ミス・フランスになりたい!』、グー・シャオガン監督『春江水暖~しゅんこうすいだん』
No.3482 ・ 2021年02月06日




■今年に入ってまだ2回しか映画館に行っていない。20時に店が閉まることが多いのも理由の一つではあるが飲みにも出なくなった。かといって家で飲むかと聞かれるとほとんど飲まない。これにもいろんな理由があるのだが、一言で言うならば酔う理由がないからだ。映画館に行った帰りもだいたいどこかで映画の話をしようとそのまま飲みに出るか、人と一緒ならば映画の話をしようと飲みに誘った。空いている映画館はどこか貸切のようで一瞬テンションが上がるけれど、やはりさみしい。



 数年前、撮影で上海を訪れたことがある。最初に訪れてから半年して同じ街に行くと、そこはすでに違う街だった。どこもかしこも工事の音が聞こえて、あちこちで解体作業が行われ、新しいビルがつくられていた。たった半年でこんなにも街が変わっていってしまうのかと驚かされた。私は仕事とほんの少しの観光で行っただけだったので、その街にこれといって深い記憶があるわけではない。自分の住んでいた街やよく見知った道が姿を変えていくのとはわけが違う。速度の速さに驚きながらも、それでもどこか寂しい気持ちになった。もしもそこに記憶が加われば、世界はもっと別のものに見えるに違いない。
 88年生まれの『春江水暖~しゅんこうすいだん』のグー・シャオガン監督は私とほぼ同世代の監督だ。まさか本作が長編初監督だというのも信じがたいほどに、懐かしい雰囲気と洗練された画面に幾度となく惹きつけられた。街の雑音に耳をすませば街に暮らす人々の会話が聞こえ、画面いっぱいに人々がうごめいているかと思えば、広大な河の存在感に飲み込まれそうになる。何度も登場するロングショットのなかには人々の生き様が映る。
 撮影の舞台となった富陽は監督の生まれ故郷だ。杭州の隣に位置する。上海のような都会とはまた顔が違うが、田舎でもない。取り壊れされてゆく建物は、映画のために取り壊したのではなく本当に起こっていることだろう。この作品に映るドキュメンタリー的な部分と、監督の実際の親戚たちが演じているという家族の物語とが重なり合い、ダイナミックなリアリティが生まれる。高齢の母、4人の息子たち、そしてその子どもたちと3代続く大家族。年老いた母親がその誕生日パーティーで倒れてしまうところから、それぞれの家族にカメラは向けられる。私自身もよく、祖母の世代、母の世代、私の世代と、女性たちができる選択や価値観が顕著に変わっていることについて考える。本作は、とりわけ女性たちだけにフォーカスを当てられているわけではないが、4人の男兄弟のキャラクターや状況にしても、認知症の祖母、息子の結婚相手の女性たち、自由恋愛をするその孫や、友人の妊娠など、多方面から物事の価値観の変化を考えさせられる。物語は季節を歩み、街だけでなく人々の姿も移り変わっていく。映画の穏やかな呼吸に自然と身を任せるような、不思議な作品だ。ぜひ映画館の大画面で観て体感して欲しい。



 価値観の変化、というと最近ではミスコンというものがそもそもどうなのか、という議論が持ち上がっている。私が通っていた早稲田大学にはミスコンがなかった。学生が起こした事件がきっかけで2003年にすでに廃止されていた。廃止の理由が事件をきっかけにした消極的なもので、学生が自主的に問題視してミスコンを終わらせた上智大学などとは事情が異なる。外見で人の価値を測るルッキズムが問題視される昨今、おそらく今後ミスコンは古い価値観になっていくだろう。
 幼いアレックスの将来の夢はミス・フランスになることだった。1920年から始まったので100年以上の歴史がある有名なミスコンだ。ミスコンといえば、容姿だけでなく知性も問われる。映画のなかでも出てくるように、グラスの持ち方一つにしても「完璧さ」が求められる。アレックスの夢をクラスメイトたちが笑ったのは、アレックスが男の子だったからだ。それでも夢を叶えた幼馴染に触発され、再びアレックスはミス・フランスになろうと決意し奮闘する。
 この作品のなかで私が最も興奮したシーンは、地方大会でアレックスが語ったスピーチだった。ドラァグ・クイーンの友人を罵った男に対して最大限の抗議をする。その怒りは人々の胸を熱くさせる。怒りに震える人は美しい、と私は思う。興味深いことに、アレックスはミス・フランスになろうとはするものの、女性になりたいという葛藤は出てこない。この物語は性自認をテーマにした物語ではない。アレックスはただ、なりたい自分でいるということを認められたいのだ。だからこそ女らしい振る舞いについて教えようとする女性も古臭く映る。それっぽくなる、ということはいつまでたってもそれっぽい何かでしかない。かといって本物になる、ということは本当に憧れるようなことだろうか。そもそも本物とは何なのか。
 主演のアレクサンドル・ヴェテールは普段ユニセックスモデルとして活動している。実際に写真を見ると、男性的なときも女性的なときもあるし、どちらでもないときもある。もちろん、そのような活動をするまでには様々な葛藤や計り知れない困難もあったのだろう。アレックスが仲間たちに馴染めず孤独であるように、ただ自分自身でいるというそれだけのことが簡単ではない。
 このテーマをミスコンという物語の軸で語ろうとすることは勇気のいることだったに違いない。多くの女性たちは、もはや型で生きることを望んでいない。それを壊そうとするときに生じるエネルギーがこの映画には満ち溢れていた。ステージで自分自身を曝け出すアレックスの姿はとても強く眩しい。夢を見る力は、現実を動かしてくれる。
(女優・文筆家)







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