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評者◆あられ
文芸評論という視野から文学を眺めて
〈戦後文学〉の現在形
紅野謙介・内藤千珠子・成田龍一編
No.3481 ・ 2021年01月30日




■500頁近い大著です。執筆者も大学関係者や文芸評論家など、かなり硬派な作りです。このような硬質な本がいま編まれた経緯はエピローグにて触れられています。
 「かつて、平凡社で『〇〇の名著50』というシリーズがあり、その一冊として『戦後思想の名著50』が編まれ、(略)文学作品も『戦後日本』では思想としての役割を果たしている、との認識がなされた」が、「作品を『名著』として紹介すること、いいかえれば正典を軸として『戦後文学』を語るという営みが、もはや意味を失ってきた」ため、なかなかこの試みは実現しなかった、と。
 「しかし、「戦後」という状況との緊張関係で書かれた文学作品は、それゆえに〈いま〉を考える手掛かりとなるはずだ――。」
 ニュースや社会分析を提供する媒体が多数ある現在、私たちはテレビをザッピングするように様々な媒体を渡り歩き、忙しく情報を取り込んでいます。ともすれば、文学に対しても読み終えて十分に咀嚼しないうちに、次のものに手を出している。久しぶりに文芸評論という視野から文学を眺めてみて、そんな忙しい読書とは違う時間を味わった。
 例えば林芙美子の『浮雲』を読み解いた評では「このような読み方があるのか」と新鮮な驚きを感じた。
 主人公のゆき子が戦後を新たに生き直すことができず悲惨な末路を迎えたのは、作者自身の戦中における華々しい活躍への自罰的表現であり、ゆき子の情人である富岡が関わる女性を次々と悲惨な死に追いやりながらも物語の最後まで生き延びるのは、戦時中に兵士作家としてもてはやされた日本の男性作家たちが、なし崩し的に戦後社会で作家生命を永らえさせたことへの糾弾である、と。
 あまりにも生々しく利己的な登場人物たちの振る舞いも戦中・戦後の作者を含めた日本人の振る舞いを通して見てみると、戦後のみからの見方とは異なる姿が浮かび上がってくる。
 その一方、大西巨人の『神聖喜劇』では現代にも通じる分断が描かれていて、あの皆が大声を張り上げているような時代でも言葉少なに分断を憂慮する理性的な記述にははっとさせられた。

 私は、私の内部の激する情緒を精一杯おさえつけて、さしあたり口を守った。『(中略)しかし、彼らを理詰めにすることでは、――理詰めにすることだけでは、――事柄は、前進も解決もしないだろう。こりゃ、実に厄介な難問だ』

 本書には、松本清張、宮部みゆき、司馬遼太郎、桐野夏生といった純文学には収まらない作家たちにも言及されていて、こうした作家たちを「文芸評論」がどう読み解くのか、興味深く読んだ。
 読み通してみて感じたことは、物事を、文学を咀嚼するには、静かな時間が必要だということ。静かな時間とは細切れの情報から距離を置く時間。いとうせいこうの『想像ラジオ』などは、静かな時間の中で読みたいと感じた作品。しかし、そうした時間は贅沢品であると自ら思い込み、そして自ら手放してしまっているのではないか。それはエピローグで触れられている「正典を軸として文学を語る営み」への時代の眼差しに通じるのではないだろうか。
 読み終わって、文学の静かな豊かさと時代の忙しさへの憂鬱を感じた一冊。







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