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評者◆稲賀繁美
追悼 金子務――自然科学と隣接領域の最先端を、知の未踏査圏に繋ぐ名人
No.3481 ・ 2021年01月30日




■旧臘12月16日、金子務さんが急逝された。享年86歳。『アインシュタイン・ショック』(1981)でサントリー学芸賞受賞、中央公論の編集部に勤務し『自然』の編集部次長。ウィキペディアに掲載されただけでも、単著17冊、編著など10冊、翻訳は21冊に及ぶ。啓蒙的な著作が多く、難解な最先端の発見の勘所を抑え、的を外さず明晰に説明する才能に恵まれた、稀有な頭脳。科学から文学を横断して東西の哲学にも通じた碩学だった。筆者はこの20年ほどお付き合い頂いたに過ぎないが、会う度に底なしの学識に圧倒された。
 読売新聞の記者経験もあってだろうが、その抜群の取材力には唖然とした。済州島にご一緒した折のこと。「済州大学海洋研究所」ではカレイの養殖に新機軸を開発していた。共に訪問したが、翌日に出来た文章を拝見すると、当方などまったく敵わない。1958年に完成した東京タワーの上層は、朝鮮戦争終結で用済みとなったM4シャーマン戦車の廃材で作られたが、海洋研究所設立に資金出資したのは、この廃材取引で儲けた在日韓国人の有志者だった。『江戸人物科学史』(2005)などにも、足で稼いだ成果が濃縮されている。
 もちまえの取材力と好奇心とは晩年になっても衰えるところを知らず、竹村民郎氏と気の合った老人コンビで、鴨緑江岸の集安から小舟を雇って北朝鮮国境の中洲まで漕ぎ出すやら、おりから伝染病流行で外出禁止となっていたはずのハルピン大学構内から、どうした仕組みか脱出して、伊藤博文暗殺現場までお出掛けになるやら、何度となく大騒動も巻き起こされた。
 『宮澤賢治イーハトーヴ事典』でも、花巻の詩人の自然科学知識から四次元への関心を華厳教学に結びつけるのは、金子さんならではの妙技であり力技だった。心霊学などにも関心は及び、西田幾多郎の哲学や鈴木大拙の禅思想を同時代の学術に照らして解明する手腕は、他の追従を許さない。最後の編著となった『科学と宗教 対立と融和のゆくえ』(2018)にも編集者としての才覚は縦横に発揮され、現在の自然科学探求の限界とその将来への展望まで鮮やかに示されている。
 マイケル・ポランニーの「暗黙知」や三木成夫の『胎児の世界』にも鋭敏に反応されるのには驚嘆したが、金子さんにしてみれば、若造がようやくそのあたりまで辿り着いたか、といったお気持ちだったに違いない。遺著の編集にも尽力された三木成夫については、発生初期の胎児写真撮影の舞台裏の秘話にまで通暁されていた。
 「科学技術」といえば、現代ではtechnologyの訳語と辞書にある。だが金子さんの記事発掘によれば、これは戦時下の非常時に臨み、工学部系の学者たちが編み出した術語だった。また敗戦後の民主科学協会の内幕についても、金子さんは生々しい現場体験をお持ちだった。左右にわたる歴史感覚に欠けた科学社会学は、空中楼閣に堕する危険を孕んでいる。
 荒俣宏との共著『アインシュタインの天使』(1991)からも、金子さんの懐の深さは推し量られる。筆者には黒田玲子先生をお招きして、巻き貝の生態から生物界の非対称性・キラリティの話題を提供頂いた折の光景が鮮明に残る。右巻・左巻で聴衆の頭が混乱した様子を見るや、金子さんはすかさずネジの螺旋と時計の針の進行方向とから、三次元構造の生成につき、きわめて明快な説明の助け舟を出された。まさに技術史の身体感覚で、目から鱗が落ちた。自然科学の先端が不可視の領域へと没入するなか、それを経験知と難なく接続して理路を示す金子さんの文理融通型知性は、今後ますます不可欠となることだろう。
 一見強面でとっつきも悪く、べらんめい口調の豪放磊落なご性格とお見受けしたが、その実、友誼に篤く、行き届いた気遣いや配慮を、人知れず巡らしている、それは稀有なご人格でもあった。未完成の「金子務公式サイト」がhttp://www.ts‐kaneko.net/に残されている。







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