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評者◆粥川準二
議論する時間は限られている――同調圧力か、「主体的な自粛の連帯(≒ゼネスト)」か、それともリヴァイアサンか
No.3479 ・ 2021年01月16日




■本稿の執筆時点(一月五日)で、COVID‐19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大が続いている。
 一二月一一日の夜半、アプリ「YAHOO! 防災速報」が鳴り、湯崎英彦・広島県知事からのメッセージ「年末年始の帰省自粛を」が届いた。「感染が拡がっている地域への帰省そして広島市を発着する帰省は時期の変更などを検討してください」。広島県では人口が多いにもかかわらず、いわゆる第一波、第二波の際には、感染者がそれほど増えなかった。しかし、それはただのまぐれだったようだ。昨年一二月に入ってから、広島市内を中心に、検査陽性者(≒感染者)が急激に増え始めた。「まずいな……」と思っていた矢先の通知であった。その時点で筆者は愛知県への帰省を諦めた。
 一七日には、よく行く飲食店で「県からの要請で、明日からしばらく休みます」と告げられた。「協力金が出るので」。その店は完全に休業することにしたそうだが、酒類の提供を一九時まで、営業時間を二〇時までとした店も多いようだ。
 これは後に、政府が関東の一都三県に要請したことと酷似している。なお湯崎知事は二八日朝、東京都内で、菅義偉首相らと「感染防止策を取った」うえで「会食」したと報じられている(「広島県、時短要請を17日まで継続 外出削減も」、中國新聞、一二月二九日)。
 三〇日には、小池百合子・東京都知事が、緊急事態宣言の発出を政府に要請する必要性を示唆した。そして大晦日三一日、東京都はその日に一三三七人の感染者が確認されたことを報告した。東京都民ではない筆者を含め、この激増に震撼した者も多かったであろう。
 そして年を越えて二日、小池ら一都三県の知事らが西村康稔・経済再生担当相と面談し、緊急事態宣言の発出を要請した。菅総理は同席しなかった。後の西日本新聞では、「知事たちに会わず、会談の相手を西村氏にとどめたのが首相の答え。宣言を出す機は熟していないというメッセージだ」と政府関係者が語っている(「菅首相、会談応じず…危機感募らす知事と「温度差」再び」、同紙、一月三日)。
 議論は予定の時間を超えて三時間にもおよんだ。このとき、西村氏が知事らに、都県が飲食店への閉店時間の前倒しなどを要請するよう、要請したらしい。この時点では、政府は緊急事態宣言そのものには慎重だった。与党はむしろ、新型インフルエンザ等対策特別措置法を改定して、休業や時短への支援措置を明文化して、同法の実効性を高めることを検討している、とも報じられていた。
 ただし現行の特措法に基づく緊急事態宣言においても、発出されれば、知事は、休業に応じない店の名前を公表できるようになることが、このときに確認された(「店名公表や休業指示も 緊急事態宣言で実施可能‐新型コロナ」、時事通信、一月三日、など)。
 筆者はトマス・ホッブスのいう「リヴァイアサン」――国家権力――の存在を、四月以来、再び感じた。
 そして相変わらず、東京都をはじめとする知事らと、首相や大臣らは、国民の前で、責任を押し付け合った。「今回の要請を追認する形で宣言発令に踏み切れば、政府の新型コロナ対策が失敗だったと認めることにもなりかねない」(「緊急宣言、効果を疑問視 特措法改正を優先‐政府」、時事通信、一月三日)。
 三日、河北新報が社説で、特措法の改定について問題提起した。「最大の焦点で与野党が対立しそうなのは、休業や営業時間の短縮要請に応じない店への罰則規定を設けるかどうかだ」(「コロナ特措法改正/私権とのバランスに配慮を」)。リヴァイアサンに剣を持たせるかどうか、ということだ。もし罰則を設ければ、飲食店には、きわめて重い負担となるどころか、致命的なことにつながりかねない。場合によっては、支給される協力金では足らなくて休業に追い込まれる店も出てくるだろう。議論する時間は限られている。「私権制限という憲法とも関わる重いテーマについて論議する時間が十分取れるかどうかが心もとない」。
 とはいえ、医療現場のことを考えると、もはや国民一人一人の努力――「同調圧力」と揶揄されることもある、国家からの要請に応じた「自粛」――では、足らないように思われる。すでに一二月一八日の時点で、東京都病院協会はメッセージを公表し、「医療従事者、特に看護師が疲弊しきって」いることを伝え「私権の制限に相当する状況です。もちろんほとんどの看護師はGOTOキャンペーンは利用できる立場ではありません」、「それには、緊急事態宣言やロックダウンに匹敵する極めて強力な対応を行うことが不可欠です」と主張していた(「東京都病院協会からの緊急メッセージ」)。この時期、いくつかの医療関係の団体が政府に対策を求める声明を発したが、管見の限り、この同協会のものが最も明確に、強力な対策を政府に要求していた。そのメッセージは筆者の記憶に強く焼きついた。
 三日には、東京都が飲食店などに対して、営業時間の短縮を要請することを検討していると伝えられた。
 そして四日の午前、菅首相が年頭記者会見を行った。筆者もリアルタイムで視聴したのだが、時間は短く、内容もそれまでにリークされていたものと変わらず、誠実な印象はなかった。
 そしてこのとき、「給付金と罰則をセットにしてより実効的な対応を取るため、特措法(新型コロナウイルス特別措置法改正案)を通常国会に提出する」と明言された(「菅首相年頭会見「飲食の感染リスク軽減を実効的なものに」〈新型コロナ〉」、中日新聞、一月四日)。
 科学史家の小松美彦は、感染症対策として「国家主導の緊急事態宣言ではなく、野党や労組などの呼びかけを引き金とした主体的な自粛の連帯(≒ゼネスト)」が理想だ、と近著で述べた(『増補決定版 「自己決定権」という罠』、現代書館、二〇二〇年、三一五頁)。
 現実はゼネストには遠く及ばず、「同調圧力」による自粛も力尽き、リヴァイアサンが剣を振るう準備をしている。本紙が発行されるときにどうなっているかはわからないが、各種データサイトによると、現時点で広島の感染者数が減り始めている兆候があることが、希望の兆しである。
(県立広島大学准教授・社会学・生命倫理)







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