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評者◆稲賀繁美
「絵巻物がマンガの起源」という「謬見」は、いかにして発生したのか?――映画アニメの隆盛が遡及的に再発見?した絵巻物の説話的文法:ひとつの挿話
No.3479 ・ 2021年01月16日




■矢代幸雄(1890‐1975)「画巻藝術論」は、『日本美術総説』講談社、昭和36年におさめられた論考。1932年のハーヴァード大学での授業のあと整理したもので『国華』に戦前期に連載された。1936年にロンドンで開催された大中国藝術展のおりに、依頼をうけて、Courtauld Instituteで同様の英語講演を6回連続行ったようだが、こちらの英文は管見の限り公刊されていない様子。これらについて、矢代は幾つか興味深い逸話を残している。
 ハーヴァードで《鳥獣戯画》の話をしたら、ヴァッサーの女学生だかが、「真面目な顔して」ミッキーマウスのアニメ映画を分析したリポートを提出したのに面食らった、という回顧譚が『私の美術遍歴』にみえる。また戦後英米を再訪すると、日本の絵巻を映画にした作品が制作されているのにも幾つか出会い、出来栄えに意見を求められた様子である。
 矢代自身は、英文のボッティチェルリ研究で、部分拡大写真を導入したことで研究史に名を残す。興味が湧けば、近寄って絵具の盛り上がりを観察したわけだが、不思議なことに、焦点距離を自在に換える鑑賞法は未開発で、矢代の方法method Yashiroはyashironizationとまで呼ばれた。その矢代は船舶での欧州航路から航空機での世界旅行への変遷を体験した世代。空の窓からの下界の鳥瞰bird‐eye‐viewとzoom‐upとに、特異な才能を発揮した。思えばこれも、絵巻物を右から左へと開いてゆく展開に身を委ねる観察眼に酷似している。
 「画巻藝術論」では、こうした全体鳥瞰と細部への自在な近接接近との融通無碍な併用は、中国古代での画巻の遺品には見られず、日本列島で発展した技法ではないか、と説く。中国では個別の図柄を、均衡を維持しつつ機械的に連結した画巻が主流であり、詞書を融通無碍に使って物語の時間的場面展開を図る技法も発達は見せなかった、という。つまり視点の移動、枠を設けぬ画面の推移、興味に沿った観者の画面への肉薄などは、いずれも日本で好まれた作図上の工夫であり、鑑賞上の慣習だった。絵師の文法と、観者の文法とで、相互に「感情移入」も発生する。『源氏物語』では、姫君は侍女の「語り」に耳を傾けながら、物語絵に見入っている。軸を左へとひらいてゆく絵巻では、物語の進行も登場人物の道行きもfrom right to leftで、左下がりの斜線が基軸だが、そこに予期せぬ事件が出来すると、突如逆流が生じる。この転倒現場で、画面上方に配された右向きの登場人物が鍵を握る。《信貴山縁起》の御法童子や、《病草子》で不眠症の女。さらに《地獄草子》の鬼。これらはいずれも右を向き、画面の流れに拮抗する。これが説話構造に破綻と緊張を呼ぶ。
 さらに矢代は、ボストン美術館蔵の《平治物語絵詞》を、当時ハーヴァードの講義では左から右に読んでいた、という傑作な報告も残している。これは「映像文化翻訳問題」であり、1980年代初期英訳の『アキラ』(異常増殖するテツオの腕も左側)や手塚治虫『「ブッダ』の左右逆版問題(左手で祝福するのでは規律違反となり、インドで物議を醸した)、さらには岩明均の『寄生獣』の「ミギー」が英訳初訳ではLeftyに化けた件などにも繋がる。
 矢代幸雄は、映画アニメ隆盛時代の眼で、平安絵巻を「再発見」したのではなかったか。

*第263回日文研木曜セミナー「絵巻まんが訳から考える間メディア的方法論」発表者:山本忠宏、司会:大塚英志、2020年9月17日。会場での筆者の即興のコメントより。なお本稿は、日文研大衆文化研究プロジェクト編著『日本大衆文化史』Kadokawa、2020の紹介を兼ねる。







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