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評者◆高橋宏幸
老いと若さが溶けあうなかで――渡辺えり作・演出『さるすべり~コロナノコロ』公演(@座・高円寺)
No.3477 ・ 2021年01月01日




■老いと若さとは、本当に二項の対立軸なのか。少なくとも、老いと若さという言葉がまとうイメージは、それこそ通俗的なまでに、紋切り型となっている。昨今のコンテンポラリーダンス界の一部の言説にある、バレエなど西洋のダンスを若さとして、老いても踊れる日本の舞踊や舞踏を老いの美として語ることもそうだ。その区分け自体が、そもそも老いと若さのイメージを、両者で補完しあうものにしている。いわば、二項の軸を越えない。
 演劇に置き換えてもいい。たしかに、若さなるものは、1960年代のアンダーグラウンド演劇以来、小劇場演劇と呼ばれた演劇の基調としてあった。青春の終焉も言われて久しく、その世代はもはや世間的には老年ともいえる年齢になったが、やはり彼らの演劇は若い。老いを拒絶して若さとともに疾走する。それは、特異な日本の演劇文化たる小劇場という言葉が、たとえ死語となりつつある状況であっても変わらない。小劇場は若手の演劇人の青春の場であり、同時に青春の墓標となっている。いや、それは、かつての世代が、いまなお小劇場に求め続けることだ。
 しかし、渡辺えりが作・演出をして木野花と出演した『さるすべり~コロナノコロ』は、単純な若さや老いという問題を一蹴した。実際、彼女たちも80年代の小劇場ブームの旗手であり、その演劇には青春とでもいうべきものが色濃く刻まれている。しかし、二人の名優にして老俳優である、ベティ・ディビスとリリアン・ギッシュが出演した映画、『八月の鯨』をモチーフにしたこの作品は、老いをテーマに扱っていても、いわゆる若さを求めない。成熟や老練さといった老いの美学にも、単純におもねらない。その絶妙なバランス感覚は、小劇場と青春の演劇という、日本の現代演劇のアポリアをさらりとかわした。
 薄暗い舞台、姉妹二人がリビングで会話を交わす。舞台の袖近くには二人のさすらいの伴奏者。物語は、二人の女性の家族の物語への回想で紡がれる。安保闘争などのエピソードをはじめ、ときに素に戻ったように二人の俳優は作品について語り、現在の演劇を取りまく状況としてコロナについても言及する。メタシアターとして、それぞれのシーンが自己言及的に語られるが、メタレベルの話がきれいに階層化されるのではなく、場所も物語も自在に飛び越えて混交していく。
 むろん、そこには、この作品のモチーフたる『八月の鯨』もある。実年齢的には年上の93歳のリリアン・ギッシュが80歳の妹の役をやり、79歳のベティ・ディビスが83歳の姉の役を演じた。この作品では実際に年上である姉の役を木野花が、さらに年上のキャラクターとして演じたが、映画の姉とは違い、きびきびと動き、まるで逆の役割のように働く姿を見せる。その幾重にも倒錯した姉妹の関係は、年上年下といった年齢の関係をあいまいにさせる。また、それこそ唐十郎以来続く小劇場の技法である、まだら呆けとでも言うべき能動的健忘症もある。ところどころでかつての記憶か、物語か、老いすら忘れるとでも言うように、様々なシーンが入れ込まれる。それは、弟の死について描かれる深刻であるはずのシーンでもそうだ。生と死といった重みあるものを、それこそ舞台全体の色調として、まるでふわっと軽やかに扱う。生と死もまた、表裏一体のものにすぎないように。
 その全てが、攪乱されて、混在していくさまは、老いと若さという二つの軸を融解させる。実際、二人の演技はとくに若さを求めた溌剌としたものではない。しかし、円熟味のある老練さとも違う。映画『八月の鯨』の二人のように、淡々とした老いの日々を生きる演技ともかすかに違う。その端境ともいえる、あいまいさのなかに、二人の演技も年齢も溶けこまれていく。いわば、老いと若さという問題設定は置かれていたとしても、その設定自体が、作品の中で溶けて消えていくようなのだ。
 コロナ禍の舞台再開後の頃に上演されたこともあり、上演時間も短い小作品ではあった。しかし、その作品がもったことは、現代演劇がはらむ問題を穿つ、一つの方法なのかもしれない。







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