書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆対談 三島由紀夫×古林尚
いまにわかります――死の一週間前に最後の言葉① 絶対者を求める美学と行動
No.3473 ・ 2020年11月28日




■1970年11月25日の三島由紀夫の「自決」から50年――。その直後、「1970年12月12日号」(12月5日発売)にて、本紙「図書新聞」は、三島由紀夫と古林尚の対談を巻頭で掲載した。ここにその一部を再録する。この直下の古林氏のリードもそのまま再録した。対談の残りは、来週号以降で順次再録していく。なお、明らかな誤植など、ごく一部を再録にあたって改めた。
(須藤巧・本紙編集)

□十一月二十五日の白昼、東京新宿区市ヶ谷の陸上自衛隊総監部に、三島由紀夫と「盾の会」の会員の五人が訪れ、東部方面総監の益田兼利陸将に面会を求め、同陸将をしばり上げて人質にしたうえで、三島がバルコニーから自衛隊員にむかって憲法改正などの演説を行ない、その直後に会員一人とともに割腹するという事件がもちあがった。この事件のニュースを聴いて、私は異様なショックを受けた。事件そのものの陰惨な暗鬱さもさることながら、実は事件のちょうど一週間前の十八日の夜、私は太田区大森にある三島邸におもむき、二時間余にわたる対談を行なっていたからである。その対談は、本紙に連載中の「戦後派作家対談」のためのものであったが、後から考えてみれば、こんどの事件を暗示するような言葉がいっぱいあった。これは、いわば三島由紀夫の遺書のごときものである。全体で四百字詰め原稿用紙約九〇枚分くらいの分量があるが、本号にはとりあえずそのうちの約二〇枚分を掲載する。残りの部分については来春の一月一日号(26日発売)に発表の予定である。 古林尚

□なぜ天皇が必要か

古林 そうすると三島美学を完成するためには、どうしても絶対的な権威が必要だということになり、そこに……
三島 天皇陛下が出てくる。(笑)
古林 そこまでくると、私はぜんぜん三島さんの意見に賛成できなくなるんです。問題は文学上の美意識でしょう、なぜ天皇が顔を出さなきゃダメなんですか。
三島 天皇でなくても封建君主だっていいんだけどね。『葉隠れ』における殿様が必要なんだ。それは、つまり階級史観における殿様とか何とかいうものじゃなくて、ロイヤリティの対象たり得るものですよね。古林さんの天皇観とぼくの天皇観はひどく違っているけど、ぼくが戦後における天皇観をひどく嫌悪しているのは、あれはヨーロッパの制度をまねて明治になってつくられた創作品だという考え方についてですよ。
古林 事実、そのとおりで、天皇は演出された創作品じゃないですか。
三島 ぼくは絶対そう思わない。それは国学をよく研究し、あるいはずっと天皇観の変遷を見てくると、そういうことは絶対にないのがわかる。それは機構としてはそうですよ。機構としては確かに古林さんの意見のとおりなんです。しかし、機構と天皇の本質とはぜんぜん違いますよ。
古林 三島さんは天皇観の変遷と言うけれど、天皇が祭祀的なシンボルとして政治上の意味を持ったのは、せいぜい平安末期までで、武家の登場によってその影響力はしだいに希薄化してゆき、鎌倉幕府が成立して以後は完全に有名無実のものとなった。
 室町期においても、天皇が政治に影響を及ぼしたという事実はない。建武中興のとき、ちょっと歴史の表面に出かかるけれども、すぐに崩壊してしまう。徳川期となると、これはもう徹底的な規制が行なわれて、天皇のカゲはかすんでしまった。それでは明治になって大政奉還でやっと天皇親政が実現したかというとやっぱり薩長の藩閥政府ができあがって天皇は彼らの権力を護持するお飾りに利用されてしまう。天皇と民衆とのある程度の接近が始まったのは、戦後の《人間宣言》以後じゃないですか。そのわずかな接点も、最近ではまたぞろ菊のカーテンによる隔離によって、どこかに見失われようとしている。私は天皇個人、天皇家そのものに怨恨や反感を持っているわけではないけれども、これでは制度としての天皇制は常にある種の政治勢力に利用される宿命を持っているんだと言わざるを得ない。

□『共同幻想論』読む

三島 ぼくは、むしろ天皇個人にたいして反感を持っているんです。ぼくは戦後における天皇人間化という行為を、ぜんぶ否定しているんです。
古林 『英霊の声』におけるあれですね。「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまいし……」だけど、天皇の《人間宣言》――結構なことじゃないですか。もっとも、あれには天皇制の本質を欺瞞的に隠蔽するという効用もあったけど……
三島 小泉信三が悪い。とっても悪いよ。あれは悪いやつで大逆臣ですよ。というのは、いま天皇制に危機があるとすれば、それは天皇個人にたいする民衆の人気ですよね。やっぱり、ごりっぱだった、あのおかげで戦争がすんだという考え、それに乗っかっている人気ですが、ぼくはそれは天皇制となんら関係ないと思うんです。ぼくは吉本隆明の『共同幻想論』を筆者の意図とは逆な意味で非常におもしろく読んだんだけれど、やっぱり穀物神だからね、天皇というのは。だから個人的な人格というのは二次的な問題で、すべてもとの天照大神にたちかえってゆくべきなんです。今上天皇はいつでも今上天皇です。つまり、天皇の御子様が次の天皇になるとかどうとかいう問題じゃなくて、大嘗会(だいじょうえ)と同時にすべては天照大神と直結しちゃうんです。そういう非個人的性格というものを天皇から失わせた、小泉信三がそれをやったということが、戦後の天皇制のつくり方において最大の誤謬だったと思うんです。そんなことをしたから、天皇制がだめになったとぼくは思っているんです。
 それはあなたのおっしゃる政治的に利用された絶対君主制=天皇制というものと、ぜんぜん意味が違うんです。小泉信三はぼくの、つまりインパーソナルな天皇というイメージをめちゃくちゃにしたやつなんです。

□民兵組織「盾の会」

古林 どうもよくわかりませんね。論旨は『文化防衛論』でよく熟読玩味したつもりですが、三島さんは文化防衛的な天皇というものを志向していて、結局それが実現したときには政治的なものに転化せざるを得ないという必然性――それに気づいていないんじゃないですか。橋川文三がこの点を指摘して三島批判を展開していましたが、私もやっぱり橋川文三の見解に賛成ですね。三島さんの「盾の会」についても同様ですよ。あれは三島さんが八百万円の私財を投じて百人の学生有志で結成した民兵組織ということで、現代青年の頽廃にいきどおった三島さんがその独特の発想でとらえた模範青年の集まりというつもりなんでしょう。しかしですね、あなたの主観的な判断がそうだとしても、あの民兵たちは日本の軍国主義化の地ならし、徴兵制実施のためのチンドン屋ということになりませんか。三島さんにその意志がなくても、利用しようというやつはワンサといる筈ですよ。
三島 古林さん、いまにわかります。ぼくは、いまの時点であなたにはっきり言っておきます。いまにわかります、そうではないということが。

□敵の手には乗らぬ

古林 いやいや、三島さんの意図の問題じゃないんです。その客観的な役割が……
三島 ぼくはぜったい利用されませんよ。いまの段階に極限して見れば、それは利用とも言えるでしょう。彼らはいま、ぼくを利用価値があると思っていますよ。しかし、まあ長い目で見てください。ぼくはそんな人間じゃない。
古林 三島さん個人の意志じゃなくて、周囲であれを悪用しようと待ちかまえている連中の動向が心配なんです。天皇制についても同じですよ、「盾の会」と同じように強い危惧を感じますね、私は。
三島 それはごもっともな心配です。だが、ぼくはそうやすやすと敵の手には乗りません。敵というのは、政府であり、自民党であり、戦後体制の全部ですよ。社会党も共産党も含まれています。ぼくにとっては、共産党と自民党は同じものですからね。まったく同じものです、どちらも偽善の象徴ですから。ぼくは、この連中の手にはぜったい乗りません。いまに見ていてください。ぼくがどういうことをやるか。(大笑)
古林 どうもよくわかりませんが、まあ見ている以外にないようですね。
三島 ぼくは彼らの手にはぜったい乗らないつもりで、もう腹をきめていますよ。とにかく、こんなことをいま言ったって仕様がないことだけれど、長い目でひとつごらんください。現在の時点では古林さんのおっしゃるとおりですよ。たしかにいまの時点では。それはぼくだって、やつらが利用していることは百も承知ですよ。やつらは、バカが一人とびこんできて、てめえの原稿料をはたいて、おれたちの太鼓をたたいてくれるわいと、きっとそう思っているでしょうね、いまの時点では。ぼくもそう思わしておくことが有利ですから、いまはそんなフリをしているだけです。それは政治の低い次元の問題ですよ。だけど、ぼくは最終的にはやつらの手には乗らないです。それから天皇制については、あなたとは根本的に考え方が違いますから、これは利用されようと利用されなかろうと、ぜったい理想的に復活されなきゃいけないという、もう妄念ですからね。
古林 三島美学にとっては絶対者が必要なんでしょう。天皇でなくても、たとえば共和制的な何かでもいいじゃありませんか。
三島 ぜったい、そんなことは考えられません。共和制がどうして絶対者になり得ますか。共和制はもともと相対主義的理念じゃないですか。どうして相対主義に絶対者が付着できますか。
古林 しかし、天皇制だってしょせん相対的なものにすぎませんよ。
三島 そうじゃないでしょうね。つまり相対性のうえに何か上乗せされるでしょう、少なくとも。
(以下、つづく)

※HP上での無料公開は第一回のみとなります。
このつづきは3474号以降の紙面にてお読みください。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約