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評者◆粥川準二
日本学術会議の会員任命拒否問題――問うべきは、合法性とその説明責任に尽きる
No.3471 ・ 2020年11月14日




■今年九月、菅内閣総理大臣は、日本学術会議が推薦した会員候補のうち六人を任命拒否した。同月二八日、内閣府から同会議の事務局に届いた任命対象者のリストに、同会議が推薦した一〇五人全員の名前がなかったことで発覚した。菅総理は今日に至るまで、六人を任命しなかった理由を明確に説明していない。
 筆者は、日本学術会議が主催した小さなサイエンスカフェに登壇したことがあるだけで、同会議とは何の関係もない。思い入れもない。しかしながら、菅総理の任命拒否が日本学術会議法や日本国憲法に違反している、という多くの論者たちの指摘には同意する。この問題において最も優先的に追及されるべきことは、この任命拒否という行為の合法性とそれについての説明責任である。もちろん日本学術会議のあり方、あるいは学術団体や研究者コミュニティのあり方についても、今回の問題をきっかけとして議論するのもいいだろう。しかしながら、それらは合法性とその説明責任をめぐる問題に比べれば、付随的なものである。
 現在ではそう考えてはいるものの、筆者は日本学術会議について詳しくはない。したがって信頼できる識者が書いた解説を読むことから始めるしかなかった。科学・技術政策ウォッチャーの榎木英介は、日本学術会議法などを読み解くことによって、同会議の組織形態や活動内容、特に政府との関係についてていねいに解説し、不確かな情報に基づく議論をたしなめる(「誤解だらけの日本学術会議」、YAHOO! JAPANニュース、一〇月一〇日)。榎木自身、若手研究者のキャリア問題などをめぐっては同会議に批判的らしい。「今回日本学術会議を初めて知って、いろいろな思いを持った人が多い。なくせばよい、民営化しろ…。いろいろな意見があるだろう」と榎木は書く。「ただ、なくしたとして、各国との交流はどこが担うかなどは考えないといけない」。
 この問題が発覚して以来、多くの学会などが、任命拒否を撤回するよう求める声明を発表してきた。筆者はそれらをまとめて読むことで、研究者たちの問題意識を理解しようと思ったのだが、ブラウザのタブがあまりに多くなりすぎて何度も閲覧不可能になった。ジャーナリストの津田大介によれば、そうした声明を発表した学会や協会は五〇〇団体にもおよぶ(「学術会議任命拒否 500学会の抗議読んで思う」、朝日新聞、一〇月二九日)。それらすべてを読んだという津田は、いくつものことを指摘する。たとえば、日本女性学会や女性労働問題研究会、日本環境教育研究学会の声明は、この任命拒否が社会的少数者の状況改善や持続可能な社会の実現を遠ざける可能性があることを指摘している。津田はそれらを紹介しながら、「この問題は政治と学問の対立ばかりが注目されるが、人権やSDGsに関わる話なのだ」と注意を促す。
 筆者が読んだのは、津田の一〇分の一程度だ。それでも各分野の学者たちの危機感は十分に伝わってきた。たとえば民主主義科学者協会法律部会は、菅総理や内閣官房長官などは内閣総理大臣に実質的な任命権があるかのように説明してきたが、日本学術会議法の各条文、とくに第七条第二項や第一七条に照らせば、総理の任命権はきわめて形式的なものでなくてはならず、六人を任命しなかったことは同法に違反していると指摘する(「日本学術会議会員の違法な任命行為に抗議し、直ちにその是正を求める」、一〇月一六日)。
 また、本稿を執筆する直前の一〇月二八日ごろ、ネット上ではイタリア学会の声明がバズった(「日本学術会議会員任命拒否についてイタリア学会による声明」、一〇月一七日)。この声明は、アイスキュロスやカフカ、ソルジェニーツィンを引用しながら、権力の本質、とくにその「説明しないこと」という特性を強調し、その特性がまさに、今回の件をめぐる菅総理や内閣の態度に当てはまることを指摘する。そしてドイツの牧師マルティン・ニーメラーの有名な言葉が引用される。「ナチスが最初、共産主義者を攻撃した時、私は声を上げなかった。なぜなら私は共産主義者ではなかったから。社会民主主義者が牢獄に入れられた時、私は声を上げなかった。なぜなら私は社会民主主義者ではなかったから。(略)そして彼らが私を攻撃した時、私のために声を上げてくれる者は誰一人残っていなかった」。
 この言葉は、青山真治など映画人二二人が連名で発表した「日本学術会議への人事介入に対する抗議声明」でも引用されている(シネマトゥデイ、一〇月五日、などに掲載)。これを入れようと提案したのは、『FAKE』や『i 新聞記者ドキュメント』などのドキュメンタリー映画で知られる森達也だという(「学術会議、ナチス時代の牧師の言葉が現実に 森達也さん」〔聞き手・石飛徳樹〕、朝日新聞、一〇月六日)。
 この問題を憂慮する者は、アカデミア(学術界)の外にもいるのだ。もちろん映画人だけではない。
 文筆家の山本貴光と吉川浩満は、YouTubeチャンネル「哲学の劇場」で、本紙のライバル紙・読書人とコラボして、この問題を取り上げた(「人文的、あまりに人文的 #035 読書人×哲学の劇場 共同企画 日本学術会議任命拒否問題を考える」、一〇月二三日)。
 二人の見解は筆者と似ている。一市民として考えれば、菅総理の判断が法律に違反していないのか、その理由が説明されているか、問題はそれに尽きる、ということだ。その上で二人は、この問題をより深く考えるうえで有益な論考や書籍を大量に紹介する。
 日本学術会議のあり方などについて考えるのは、合法性とその説明責任をめぐる問題とは別に行ったほうがいい、と筆者は考える。ただ、もし日本学術会議のあり方を根本から考えるのであれば、そもそも「アカデミー(学術団体)」というものを根本から知る必要があるはずだ。そのためには、まさにその日本学術会議国際協力常置委員会が四三カ国のアカデミーを調査して、二〇〇三年にまとめた『各国アカデミー等調査報告書』が、最も基本的な資料になるだろう。「なくせばよい」かどうかを考えるのは、これを熟読してからだ。
(県立広島大学准教授・社会学・生命倫理)







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