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評者◆殿島三紀
等身大の学生たちを描いたひまわり運動の記録映画――監督 フー・ユー『私たちの青春、台湾』
No.3470 ・ 2020年11月07日




■『スパイの妻』『博士と狂人』『異端の鳥』などを観た。10月は話題作や大作が多かった。
 『スパイの妻』。黒沢清監督。第77回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。太平洋戦争前夜の神戸で貿易会社を営む男が出張先の満州で、偶然、怖ろしい国家機密を知ってしまったところから物語は進展する。社会と個人との拮抗というテーマは戦時下を舞台にすると、よりわかりやすく表現できると語る監督。その意図はヴェネチアでも認められることになった。
 『博士と狂人』。P.B.シェムラン監督。初版発行までに70年以上という年月を費やし、世界最高峰と言われる辞書「オックスフォード英語大辞典」の基礎を築いたのは異端の学者と殺人犯だった……という驚愕の事実を描いたノンフィクション「博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話」の映画化作品だ。辞書の世界には洋の東西を問わず根強いファンが多いようである。
 『異端の鳥』。ヴァーツラフ・マルホウル監督。そのあまりにも残酷な描写でポーランドでは発禁書とされた同名小説(イェジー・コシンスキ著)の映画化作品。ホロコーストから逃れるため、田舎に疎開した少年が「差別」に抗いながら生き抜く姿と、ごく普通の村人たちが異質な存在を異物として徹底的に排除する陰惨な姿が描かれる。その強烈な描写のため、ヴェネチア映画祭でも退場者が続出したといういわくつきの作品。鑑賞には覚悟が必要である。
 さて、今回紹介する新作映画は台湾ひまわり運動のドキュメンタリー映画『私たちの青春、台湾』。本作は2014年に台湾で起こった学生たちによる社会運動「ひまわり運動」を描いたドキュメンタリー映画だ。この運動の中心人物チェン・ウェイティン、そして、台湾へやってきた中国人留学生で、ひまわり運動参加者ツァイ・ボーイーの活動を通して台湾民主化の歩みを記録した作品である。
 台湾の民主化のために結集し、闘う学生たちの姿に、登場人物と同年代のフー・ユー監督は共感する。だが、感動し、昂揚しつつも、どんどん大きく波打っていく運動にビビりもする。行動を起こす人と記録する人。等身大の心の記録映画とでも呼べばいいだろうか。理屈などなく、悪いことは悪いんだと素直に立ち上がる学生たちの姿が新鮮だ。
 ひまわり運動は2014年3月18日、台湾の学生と市民による立法院占拠から始まった。与党・国民党が中台間でサービス業を開放しあう「サービス貿易協定」を30秒で強行採決しようとしたことに学生たちが反発。立法院に突入し、23日間にわたって占拠したのだ。この動きは市民によっても支持され、与党側は審議のやり直しと中台交渉を外部から監督する条例を制定せよ、という要求を受け入れる。議場に飾られたひまわりの花がシンボルだった。
 映画からは、学生たちが占拠する立法院の内部や、活動家の思いや挫折も伝わってくる。監督と学生運動リーダーのチェン、社会運動に参加していた中国人留学生ツァイとの出会いに始まり、カメラはチェンと香港の雨傘運動前の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)、更に中国本土の学生たちとの国境を越えた交流も追う。チェンが「ひまわり運動」のリーダーになっていく姿や多くの市民の支持を背景に選挙戦を闘う彼も追い続ける。
 だが、「台湾は変わる!」と昂揚する観客の目に思いがけない事実が明らかに。決定的に不利ではないか……。ツァイもまた学生自治会選挙に打って出るが挫折。「民主主義って難しい」とつぶやく彼女の姿が痛々しい。そんな切なさ、無力感も描き出され、「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」の心境にもなる。だが、決して、彼らの挫折を描いた映画ではない。というのも彼らの起こした運動の結果、台湾は確実に変わっているからだ。
(フリーライター)







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