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評者◆杉本真維子
中也の“方法”
No.3470 ・ 2020年11月07日




■来週(9月12日)、第25回中原中也の会大会がオンラインで開催される。テーマは「2020年に読む中原中也」で、私は第2部の詩人トーク「詩はどこへ向かうのか?」に参加することになっている。メンバーは、ほかに、カニエ・ナハさん、三角みづ紀さん、四元康祐さん、司会の蜂飼耳さんだ。
 参加にあたって、“今読みたい中也の詩”を、事前にひとり一篇選ぶことになっている。「今」と中也の接合点はじつは結構ありそうだ。コロナ禍というのは避けられない要素だが、そこに囚われすぎず、詩の魅力を中心において、一篇を選びたいもの。しばらく考えた結果、案外すんなりと、私は「一つのメルヘン」に決めた。
 「月夜の浜辺」「北の海」など、ほかにもふさわしいと思える詩がいくつかあったが、最終的には、自分でもちょっと意外なこの一篇に落ち着いた。そのとき、決めるという行為はおそろしいものだという感慨を抱いた。瞬間、一人でいるというのに、カードゲームで一枚のカードを引くときと同様、うっすらとした連帯感のようなものをおぼえた。人が何かを選ぶときは、傍らにほんとうに、天使と悪魔のような、異数なるものを引き連れているのかもしれない。
「秋の夜は、はるかの彼方に、/小石ばかりの、河原があって、/それに陽は、さらさらと/さらさらと射してゐるのでありました。」
(「一つのメルヘン」1連目)
 有名な詩の一節。中也の優れたところは、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」(「サーカス」)など数々の新しいオノマトペを発明しただけでなく、既成のオノマトペを使った新しい詩の表現を発明したことだろう。ここでいえば、「さらさら」というこれまでなら砂などの固体物の感触の形容に使っていたオノマトペを、陽という現象の形容に使った。これによって、陽射しは強弱や濃淡だけでなく、感触を与えるものとして生まれ変わった。現在“やわらかな陽射し”という表現が世の中に当たり前にあるが、こういう捉え方は、中也の「さらさら」以前から存在していたものなのかどうか、折を見て調べてみたい。
 このような中也の“方法”は、私たちが今直面しているコロナ禍の生活と、意外と直結しているかもしれない。新しい生活様式などというが、今さら新しいものを生み出そう、探し出そう、という意味ではもちろんない。人間がおこなうこと自体はほぼ出尽くしているので、新しさといえども、やはり先人に倣うほかないのだ。つまり中也がそうしたように、既成のものを使って、順番を入れ替えたり、頻度を変えたりして、自分なりの新しい方法を模索してゆくこと――そうすれば、「陽」が生まれ変わったように、何かが生まれ変わる。それはたしかなことだろう。おそれつつ、希望をもちつつ、日常を継続したい。







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