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評者◆志村有弘
重厚な文体で綴る逆井三三の明治歴史小説(「遠近」)――老齢の安倍晴明の活躍を描く笹村なほの王朝小説(「文華」)
No.3469 ・ 2020年10月31日




■小説では、逆井三三の「敵と邪魔者」(「遠近」第74号)が圧巻。時代は西南戦争前。これからの日本に必要なのは「勇猛な兵士」や「憂国の志士」ではなく、「商才や交渉に長け」た「優秀な官僚」で、西郷隆盛のような男が必要とされる「時代は終わったともいえる」という文がある。大久保利通の苦衷も示され、政治世界の裏側で活動する伊藤博文の姿も印象的だ。大久保と西郷が対比される形で描かれているのだが、作者の視点は大久保にある。重厚な文体で綴る、明治期歴史小説の力作。
 藤澤茂弘の「麒麟児がきた」(「じゅん文学」第103号)は、織田信長殺害の罪で焦熱地獄に堕ちている明智光秀を極楽に送ろうとする裁判の模様を描く。光秀が終始黙秘を貫く姿も一趣向。長谷川平蔵と鳥居耀蔵が検事席にいるのも微笑(どこかに遠山金四郎の名も欲しかった)。
 笹村なほの「安倍晴明・陰陽探偵譚 伊吹――江戸川乱歩「黒手組」および「何者」へのオマージュ」・「安倍晴明・陰陽探偵譚 霊異」(「文華」第19号)の二篇を興味深く読んだ。主人公は、老齢の晴明。「伊吹」はかどわかされた姫君探しの話。「霊異」は晴明が藤原道長の黄金の仏像建立の願望を断念させる話。背後に蘆屋道満の暗躍。「伊吹」では中世の説話集に見える、晴明が弟子入りを断られた話を利用するなど、巧みに作品を作り上げている。
 木下径子の「夢の途中」(「街道」第36号)の主人公の文恵は、ベッドから出ることができず、声も出ない。両脇から縛られて動くことができなかったのだが、最後に杖をつきながら散歩している姿に安堵。読者に、不思議なもどかしさを感じさせるのは、作者の技量。どことなく島尾敏雄の作品を想起した。
 木澤千の掌編連作「ひぐらし亭春秋――ドアベルがカランと鳴ると……」(「あかきの」第2号)は、古本屋「ひぐらし亭」のあるじと店に訪れる人との触れ合いを綴る。認知症になった姑に読み聞かせるため、向田邦子の本を探しにきた女性(「読み聞かせ」)。病気で倒れた母の介護に専念しようと、音楽関係書を手放したものの、母は二度目の発作で寝たきりとなり、ピアノ教室を再開すべく、本を買い戻しにきた女性音楽家(「平均律」)。いわくありげな男は実は信義の人であった(「Nさんの恩義」)。登場する人全て善意の人。三篇いずれも、さわやかな佳作。
 秋田稔の「閑雲茶話」(「探偵随想」第136号)中の「巻物」は、猿飛佐助が書いたという『忍奥義』なる書物を中心に、古物商の流暢な台詞で展開。巻子本の裏側には万年筆で「妖異・探偵覚書」と書かれ、余白部分には「右研究漸ク緒ニツキシトコロナレド 我 明二八日入営ス 浅尾哲之介 二二歳 昭和一八年一〇月二七日 二三時五〇分」と記されていた。浅尾なる青年は妖異・探偵書の研究をしていたのだが、明日、軍隊に入らなければならない。あと十分で、「入営」する「二八日」。書き残された「余白」が悲しい。記されている多くの妖異・奇談関係書も秋田の豊富な読書量を示す。
 短歌では、倉沢寿子の「遠き記憶」(「玉ゆら」第69号)と題する、武者小路実篤に思いを馳せた十八首。ありし日の文豪の風貌が眼前に浮かぶ。
 詩では、東延江の「貴志六十歳」(「りんごの木」第55号)が悲痛極まりない作品。「私の貴志は/今年十月二十四日/六十歳」という書き出し。その子は「たった一日の生命」で、「たゞ泣きつゞけることしか出来なかった/若かった母の私」と記す。そして、「私が死んだら/貴志は私がわかるだろうか/私が貴志をさがせるだろうか」といい、「神さまはきっと/私たちの手を握らせてくれるだろう」と思う。そうして「貴志に会うために」「今日一日を大切に使」い、「人のために/犠牲とやさしさと/いたわりと愛を」と思う。東には、涙なしでは読むことのできない、幼くして逝った子を思う作品群がある。冒頭の「私の貴志」という書き出しに、亡き子に対する無限の愛が滲み出る。麻生直子の「デス・エデュケーション」(「潮流詩派」第262号)も悲しい詩だ。夏休みに「島」に帰省したとき、十歳年上のいとこの静男が写生の方法を教えてくれた。静男は東京から北の地に移住して「悪性ウイルスに感染して」命を落とした。にいさん(静男)は「ちいちゃん みてみ」・「人の死はさまざまさ」と(詩の作者に)語り掛ける。ここにも「教えたがり屋のにいさん」が姿を見せるのだが、悲しく、しかし、心に残る作品だ。勝嶋啓太の「妖怪図鑑「べとべとさん」」(「コールサック」第103号)は、妖怪「べとべとさん」と高校三年時の「ぼく」の物語。べとべとさんが「うまくやろうと思わなくていい」・「他人がどう思おうと/自分らしくやっていれば/それが/一番いい生き方」と語る場面も。人生訓の詩として読むことがもきる。
 「KIGAZINEI 飢餓陣営」第51号が比嘉加津夫、「新現実」第145号が石毛春人、「水脈」第68号が神子萌夏、「潮流詩派」第262号が高藤研・皆川秀紀、「日曜作家」第31号が津島園子、「文芸思潮」第76号が古井由吉、「北方文学」第81号が大井邦雄、「未来」第823号が岡井隆、「八雁」第52号が西田アサオの追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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