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評者◆凪一木
その67 サイコパス断章
No.3468 ・ 2020年10月24日




■知らずに死んでいくことの方が幸せだ、などと勝手に憶測されて、ガンという病名や「本当のこと」「実は」という話を知らされない場合がある。
 これについては一理あるが、「一理ある」というただそれだけのことに過ぎないと私は考える。「本当は」というが、では「本当の本当は」どうなのか。「実は彼の裏の裏の」その実はどうなのか。おためごかしの場合が多い……実は。
 〈われわれが悪という事象を科学的に究明しようとしなかった最大の理由は、おそらく、その結果を恐れてのことだったと考えられる。(中略)悪の心理学の発展には、特有の、真に恐ろしい危険が伴うものである。(中略)そうした試みそのものが、悪を引き起こす可能性を持ったものである、ということを深く考えた上で行動すべきである。〉
 これは『平気でうそをつく人たち』(M・スコットベック著、森英明訳/草思社文庫)の最終章に書かれたものだが、これまで、「究明しようとしない」で来たけれども、しかし「究明すべきだ」と述べている。その理由については、こう書いている。
 〈本書は、そうした危険と、悪の心理学を発展させなかったときに生じる危険とをはかりにかけた場合、後者の危険性のほうがより大きいとの前提に立って書かれたものである。〉
 『うそつき』(チャールズ・V・フォード著、森英明訳/草思社)には、こうある。
 〈うそはこの世のいたるところに見られるものでありながら、心理学的観点からはその研究があまりなされていない事象である。(中略)おそらくこれは、うそというものがすぐれて情動的な問題だからだと思われる。〉
 つまりは、「取扱注意」なるものであることだけは確かである。
 〈普通の人々が世の中の意味を理解するのは、ほとんどが情動を通してだ。情動が私たちの直観を形作り、他の人々や場所とのつながりを構築し、帰属感や目的意識を生み出す。感情を持たない人生を想像することなどほとんどできない。もっとも、それもサイコパスと出会うまでだ。彼らは巧みに人を惹きつける魅力によって自身の欠陥を覆い隠すことが多く、そのため会ってみてもどういう人物なのか把握が難しい。〉(別冊日経サイエンス191『心の迷宮~脳の神秘を探る』「サイコパスの脳を覗く」K・A・キール、J・W・バックホルツ著、牛島定信監修)
 要は、サイコパスに手を出すのは難しい、或いは危険すぎるということだ。寝た子を起こすな、というよりも、「起こしたまま、こちらが寝た振りをしろ」というに等しい。
 サイコパスを描いたといわれる映画は山のようにあり、それら指摘されている作品を、これまで私はほぼ全部観てきたが、それは、サイコパスと未だ出会う前のことであり、その後に観返すと、今のところ、ほとんど映画の彼らは「それらしき人物」に過ぎず、はっきりとそうであろうと思えるのは、『サイコ』のノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス演じる)と『ヒトラー 最期の12日間』のヒトラー(ブルーノ・ガンツ演じる)ぐらいのものだ。これから観返していくつもりであるが、やはり、映画製作の人間たちもまた、関心が薄かった、究明しようとしなかったと言わざるを得ない。それはやはり、見ること自体の怖さ、或いは悪というものの持つ狡猾さに取り込まれてしまう恐怖ゆえであろう。
 これを書いている今の私自身が怖い。というのも、サイコパスからは「とにかく逃げろ」「離れろ」「去れ」「関わりを断て」と書いてある本がほとんど全部であり、書いている人間自体が、実際に関わることのど真ん中にいない位置(精神科医や分析者)において書いているのに対し、私は現場の同僚として働き、「関わる」状況に自ら嵌まり込んでいるからだ。
 今のところ餌食になっているとは思えないけれども、しかしただ離れ、去り、逃げ、関わりを断って、それで済む話だとは思えないのだ。物書きゆえなのか、人間ゆえなのか。前述の「サイコパスの脳を覗く」の最後は、こう結ばれている。
 〈サイコパスが社会の脅威となっているのに、サイコパスを見ない振りをするのは意味がないからだ。法律家や刑務官、精神科医をはじめとする人々がサイコパスをありのままに見る、つまりモンスターとしてではなく、情動障害のせいでモンスターのような振る舞いをする人間として見るようになるとき、私たち皆が安全な未来に向かう道をたどることになる。〉
 『サイコパス』(中野信子/文春新書)や『言ってはいけない』(橘玲/新潮新書)のヒットを受けて『VOICE』二〇一七年五月号に、小浜逸郎が、「サイコパスは生まれつきか」という文章を寄せている。
 〈「サイコパス」のようなラベリングによって、私たちを分節すること、いわゆる普通人と生まれつきの異常人とを区別することが、私たちの社会的関心にとって何を意味するかという点です。これは言い換えれば、倫理的なテーマです。(中略)サイコパスは遺伝現象だという判断が、どういう既成の理解や「正しさ」の観念を背景として投げ出され、それがどういう社会心理的効果を生むのか、それを見極めること――それが倫理的な営みだというものです。〉
 サイコパスについての注意喚起ではなく、サイコパスについてまだほとんど分かっていないにもかかわらず、そのサイコパスの扱いについての注意喚起をしている。隣にいる私の実感として、それでは遅い。
 〈あるそれらしき一群に名前を付けてカテゴライズし、それを「自分たち普通人」と区別(差別)しようという衝動が高まることの背景には、世界秩序の大きな流動化という要因が作用しているでしょう。それは個人に対して帰属意識(アイデンティティ)の不安定化を呼び起こします。ラベリングは私たちの集団心理を落ち着かせるために行われるのです。これを巧みに利用したのがナチスです。〉
 以下は略する。これを読んでいる人の予想通りのことが書いてある。何も分かっていない。別に「一群」ではない。その人間を知っている人にして見ると、そいつは、ただの一人の人間(サイコパス)だ。一群のなかの一人になるのではないかというのは屁理屈であろう。一人一人を集めて、勝手に「一群」と言っている。やはり、見たこともないのだろう。サイコパスを。
(建築物管理)







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