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評者◆粥川準二
「出典警察」という科学記事消費者運動――オールドメディアは新興ウェブメディアを見習うべし
No.3467 ・ 2020年10月17日




■この連載の第一回目で、この時代ゆえ、取り上げる記事や論考はウェブ上のものが多くなる、と述べた。実際、筆者が日常的に情報を得ているのは、新聞などオールドメディアのウェブ版記事か、新興ウェブメディアの記事である。
 なかでもここ数年、筆者が情報源として最も頼りにしているのは、Buzz FeedとGIGAZINEである。どちらも新興のウェブメディアだ。
 Buzz Feedの愛読者は、研究者やジャーナリストといった情報のプロにも多いだろう。同誌の記者には、全国紙のエース記者だった者も多い。そんな彼らが紙、つまり文章量という制約に縛られず、そのときそのときで世間が最も知りたいことを知っているキーパーソンをインタビューして書いた記事がつまらないはずはない。子宮部がんワクチンや、新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)におけるPCR検査など、世論を二分しているテーマにも果敢に挑む姿勢もまた好ましい。
 たとえば最近では、岩永直子記者が取材し、中島一敏・大東文化大学教授が話している「無症状の市民に幅広くPCR検査をやるのがマズいわけ」(九月二九日)という記事では、いくつかの研究結果を丁寧に紹介しながら、無症状の人たちに検査を行うことの予防効果は低いということを、説得的に解説する。おそらく感染症の専門家たちの間では、すでにコンセンサスとなっていることだが、よく知られていない印象がある。こうした専門家の声を紹介することはPCR検査拡大に水を差し、政権を擁護していると思われてしまう、とオールドメディアは気にしているのだろうか? 実際には、中島を含めてBuzz Feedがこれまで取材してきた感染症専門家たちは、検査が必要な人にはしっかりと検査できる体制をつくることを一貫して主張してきたのだが――。
 一方、GIGAZINEを愛読していると公言する研究者やジャーナリストは、そんなに多くないかもしれない。同誌がやっているのは、基本的には海外の記事やプレスリリースの要約である。要約にほぼ徹しており、意見はいっさい挟まれない。署名すらない。
 たとえば「新型コロナウイルス感染症の死亡率は「人の遺伝子変異の有無」で変わる可能性がある」(九月二八日)という記事は、イスラエルのテルアビブ大学の研究者らが、COVID‐19の死亡率に「一部の人々に見られる遺伝子変異」が関係していることを発見した研究を紹介している。
 筆者は本紙でも、ある人々(たとえばアメリカのアフリカ系住民)の間で感染者や死亡者が多くて、別の人々では少ないことについて、それには収入や業務形態などの社会経済的因子が大きく関係していることを紹介してきた。実際、そのことを示唆する研究結果は多い。
 しかしそうはいっても、ある病気にかかりやすい人とかかりにくい人がいるということには、生物学的因子が関係していることも否定できない。この記事が紹介する研究では、「PiZ」という遺伝子変異を持つ人が多い地域では死亡率が高く、日本などそれを持たない人が多い地域では低いことがわかったという。記事は、PiZを持つ人を特定できれば、優先的にワクチンを打つなどの対策が可能になる、という研究者のコメントを紹介している。
 筆者は、病気など人々を苦しめる原因として、収入など社会経済的因子を軽視し、遺伝子など生物学的因子を重視するようになること、そうした社会変容を「バイオ化」と呼んで、批判的に論じてきた(拙著『バイオ化する社会』、青土社、二〇一二年、など)。
 この記事やその元になった研究を礼讃することは、バイオ化に手を貸すことになる。しかし事実は事実である。筆者がこれを無視すれば、都合のよい情報だけを取り上げているという批判を免れないだろう。この研究で得られた知識によって、病人や一般市民が苦しみから解放される可能性もあるのだ。
 したがって筆者はこの研究について深く知る必要がある。この記事に限らないが、GIGAZINEの科学記事には、元の記事やプレスリリースだけでなく、論文のURLもしっかりと掲載されているのだ。まるで、深く検証したいのであればどうぞ、と言わんばかりである。すがすがしい態度だ。本文にも数多くのリンクがあり、関連する記事や資料をまとめて読むことができる。
 Buzz Feedも同じである。前述の中島へのインタビュー記事にも数多くのリンクがあり、気になった場合には、論文などをたどることができる。
 一方、オールドメディアはリンクどころか、論文の掲載誌名さえも「科学誌」や「医学誌」と書いて省略する傾向がある。筆者はそういう記事を見つけたら、すぐに「「科学誌」じゃわからん!」とSNSでつぶやくことにしている。最近は、「出典警察」という消費者運動だと自称している。
 二〇一八年、毎日新聞のリレー連載コラム「ナビゲート」で同趣旨のことを書いたことがある(「「英科学誌」ってどの雑誌?」、同年一月八日)。すると同年三月一四日、同新聞科学環境部のSNSアカウントが、自分たちは「研究発表ものを記事にした場合、元の論文へのリンクを張ることを励行」するとつぶやいた。実際、同紙では、論文へのリンクがある記事も書かれるようになった(が、徹底されていない)。朝日新聞もある時期から論文のURLを掲載し始めた(が、やはり徹底されていない)。
 オールドメディアが掲載誌名をしっかり書かないのは、おそらく文章量の問題であろう。しかし読者に検証されたくないようにも見えてしまう。震災・原発事故を経て、コロナ禍にいるいま、科学記事の役割は大きくなっている。記事は読者に検証される前提で描かれるべきだ。オールドメディアは新興ウェブメディアを見習うべきであろう。
(県立広島大学准教授・社会学・生命倫理)







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