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評者◆殿島三紀
暗闇の中に一条の光を描き出した作品――監督ペドロ・コスタ『ヴィタリナ』
No.3465 ・ 2020年09月26日




■『行き止まりの世界に生まれて』『メイキング・オブ・モータウン』などを観た。
 『行き止まりの世界に生まれて』。監督・撮影はビン・リュー。舞台はアメリカ・ロックフォード。2016年の大統領選でトランプ大統領誕生に一役買ってしまったラストベルトの街である。主人公は暴力的な家庭と貧困から逃れようとするかのようにスケボーにのめりこんだ3人の少年。彼らは成長し、一人は若い父親に、一人は皿洗いに、一人は映画監督になる。その監督ビン・リューが撮った3人の過去と現在の生活を、かつて撮りためたスケボー映像と共に描き出した12年間のドキュメンタリー映画。化粧を落としたアメリカの顔が見えてくる。
 『メイキング・オブ・モータウン』。デトロイト(=モータータウン)の片隅の一軒家から世界の音楽を塗り替えた音楽レーベル“モータウン”。黒人差別・暴動・戦争。今以上に凄まじかった60年代のアメリカから、ソウルやR&B、黒人アーティストがどのように世界を席捲していったか。創設者ベリー・ゴーディが初めて密着を許可した取材映像だ。関係者や所属アーティストの回想や証言など貴重な映像群から構成されている。ビートルズもストーンズもファンだったモータウン。監督はベンジャミン・ターナーとゲイブ・ターナー。
 今回紹介する作品は『ヴィタリナ』。監督は『ヴァンダの部屋』(00)から一貫して、リスボンの移民街フォンタイーニャスを舞台に作品を作り続けるペドロ・コスタ。本作もフォンタイーニャスにやってきたヴィタリナという女性を主人公にした不思議な映画である。2010年には東京造形大学の客員教授に就任したこともあるドキュメンタリー映画監督だが、果たしてこれをドキュメンタリー映画と呼ぶのだろうか。
 ヴィタリナはヴィタリナ・ヴァレラという実在の女性である。俳優は1人も出演せず、すべての登場人物がフォンタイーニャスに生活する移民たち。ストーリーも脚本もなく、登場人物ひとりひとりが俳優であり、脚本家である。しいて言えば、ヴィタリナがフォンタイーニャス地区にやってくるまでと、そこでの日々がストーリーといえよう。「演技者全員が自分のセリフを自分で書いているため、彼らは俳優であると同時に脚本家を兼ねていた。自分の役割は監督というより、調整役のような存在」と監督は言う。
 飛行機から降り立つヴィタリナの黒い素足が暗い画面の中で印象的なのだが、彼女はどこからやってきたのか。ポルトガルに出稼ぎに行った夫がいつか自分を呼び寄せてくれると信じて待ち続けていた彼女は、数十年ぶりに夫に会うためカーボヴェルデからリスボンにやってきたらしい。だが、夫は数日前に亡くなっており、既に埋葬されていた。彼女は亡き夫の痕跡を探すかのように、移民労働者たちが暮らしている地区にとどまる――。
 ポルトガルといえばまずは明るい空と太陽が思い浮かぶ。ところが、本作の暗さといったらどうだろう。鮮烈なまでの冥さである。まるで神話とも神託とも思えるヴィタリナの一人語りとレンブラントの絵のような暗闇の中に一条の光が差すスクリーン構成。暗く、寡黙な作品でありながら、リスボンで2万人を動員するヒットを記録したというのは、彼女の生き方がリスボンに暮らす旧植民地国からの移民と通じたのかもしれない。
 暗闇を睨みつけて自身の言葉で話すヴィタリナ。自分の人生を自分の言葉で話すのだから、その説得力は半端ではない。共感するし、頷かされる。彼女はこの存在感で、第72回ロカルノ国際映画祭でグランプリの金豹賞と最優秀女優賞を獲得した。この稀有な女優を得た監督が行なったのは、怒りと絶望の中にいた彼女を支え、共にこの作品を組み立てたことだという。こんな映画もあるのだ。
(フリーライター)







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