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評者◆凪一木
その64 永遠の木村花
No.3465 ・ 2020年09月26日




■コロナで出勤日数が減り、外出も減ると、自宅待機の中、テレビやネット(SNSやユーチューブ、ネットフリックスなど)を見る機会が必然増える。
 そこで私は、痛恨の、出合頭での出会いであったのに、後悔してもし切れない出会いに遭遇してしまったのである。
 「新型コロナ特措法」に基づく「緊急事態宣言」発令および解除の前後において、キーパーソン三人が亡くなっている。三月二九日お笑い芸人志村けん、四月二三日女優で司会の岡江久美子、そして五月二三日女子プロレスラー木村花である。
 始めの二人はコロナに罹患し死亡。若き二二歳の木村花は、自殺であった。
 私は荒井注の大ファンだったから、志村けんの死に際しても、ろくなことを書きかねない。志村けんを私は一度も好きになったことはない。そんなに「こだわるタイプである」と自分を思ってはいないが、「志村けんより荒井注」の世代なのだ。ディープ・パープルのヴォーカルは、二代目イアン・ギランよりも初代のロッド・エヴァンス、もちろん『なごり雪』は、イルカよりも断然伊勢正三だ。今でも私は「時計を」の部分は、下げずに上げて歌う。野沢雅子の二代目『ドラえもん』で十分良かったのに、大山のぶ代の登場でがっかりした世代でもある。追悼番組の視聴率のためもあって、「良い人」にしなければならなかったのだろうが、私にとって、「なんだバカヤロ」の荒井注のあと、「なんだ、こいつか」の志村けんでしかない。
 麻布十番のもつ焼き屋に始まって、銀座のクラブ、六本木のキャバクラと行き、酒癖が悪い上に、絡み上戸で女性にとって不愉快な存在で、ナベプロと兼任社長の事務所からとんでもない額の請求書が届くなどといった話も耳にした。だが、こういった引きこもりのとき、ネット上で妙なものに目が触れてしまう。
 〈子供の頃、お袋はホステスだったので夜は小さい弟と二人きりで過ごしていた。弟を寂しがらせないよう強く振る舞っていたが、本当はものすごく心細くて寂しくてね、朝方お袋が帰ってくるまで眠れないことが多かった。そんな当時の寂しい夜にテレビでドリフを見て笑うのがどれだけ癒されたことか。志村けんは本当にヒーローでした。ご冥福をお祈りします。〉
 遠い位置からでも、その、一人の足跡を思わずにはいられない。
 また、岡江久美子だ。それほどに強い印象を持っていなかった。亡くなってから、よく見ると、こんなにも美人女優であったのかと再認識するとともに、一度も見たことのない「はなまるマーケット」での軽妙なやり取りがいくつか映されるのを見て、多方面に才能を伸ばしていた文字通りのマルチタレントであったことを思い知らされる。
 そして木村花である。
 警備の小石先生から、例によって彼女のことを学んでいた。小石先生は、仕事を一生懸命には一切しない。趣味に生きる男というか、趣味自体が人生の中心で、暮らすだけのお金があるなら、仕事など何一つしない。そういうタイプの男である。よく考えると、私も同じかもしれない。
 私は、二〇一九年一〇月にネットフリックスに加入する。そこには無数の注目コンテンツ(映画やドラマ、バラエティの映像作品)があり、その虜になっていた。
 『全裸監督』という目玉商品があったけれども、私は、オリジナル作品『13の理由』などアメリカのドラマシリーズに嵌まっていた。そこで毎日サイトを開くと、必ず初めに、宣伝用のコンテンツが紹介される。当初『全裸監督』だったのが、年末ごろから「テラスハウス」という番組がうるさく入ってきた。山里亮太の大声で始まる紹介が、毎回毎回うっとうしく、評判も悪いものしか聴こえてこなかった。だが、ついつけっぱなしにしていたら、これが嵌まる嵌まる。そして、何より、第二〇話から登場してきた木村花というプロレスラーに釘付けになるのである。
 会社に行っても、そんな話に乗ってくる人もいなければ、ネットフリックスに契約している者も私一人だ。ところが、さすが小石先生である。ネットフリックスは見ないし、ネット自体持っていない。つい先日六〇歳の誕生日に、会社から無理やり「携帯電話を買え」と言われて、買ったはいいが、家の黒電話の隣に置いている。それほどに、新しいものに疎い人種である。だが、木村花は、私よりも前に知っている。
 「知ってるよ。俺、スターダムの試合も、立ち上げから見てる。今度、木村花行こうと思っているんだよ」
 女子プロレスに関して、私の周りには、かなりのファンがいる。著書も書いていたりする。逆にそういった人がたくさんいると、つい躊躇する。プロレスについて詳しくはないが、木村花が、今注目のスターであり、特に、彼女の所属する団体「スターダム」において、切り札の一人であり、この団体の命運と、プロレス界全体の、行き先をも左右する存在であったことぐらいはわかる。いや、分かり始めたのは、すべてが、この「テラスハウス」からであり、完全に付け焼刃である。
 アイスリボンという団体から移籍してきたジュリアという、とてつもない逸材がいる。レッスル・ワンから木村花が移籍してきたのは、ジュリアより八カ月前だ。「スターダム」は、次世代候補が割拠する中、母の木村響子引退後に、人気実力を急上昇させてきた木村花と、そのライバルとして現れたジュリアの対決構図を現出させ、勝負に出てきたのだ。
 小石先生は、ジャンボ宮本の雷電ドロップのDVDを、プロレスショップに買いにいったら「そんのもの、ない」と言われたらしい。ルーシー加山とトミー青山のクイーンズエンジェルスとか、もはや死語の世界について語る化石である。
 私は、「テラスハウス」の熱狂から木村花に嵌まっていた。
 ジュリアよりも四歳年下であるのに、ヒール(悪役)を買って出た木村花。その恐ろしいほどの包容力、これまでの悪役のすべてを超えた表現力、ビジュアル、可能性。私が偶然出会ったのは、プロレス、ドラマともに大快進撃を続けていたときであった。
 木村花は、私にとって、手の届かない、別世界にいたスター中のスターである。ギリギリに出会って、一気に消えていった魅惑の彗星である。ただ、特殊な方向からではあったが、その星を眺め、愛していた。悪評高いドラマから好きになった。
 誰にも打ち明けづらい、言い難いほどの、木村花ロスであった。
(建築物管理)







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