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評者◆秋竜山
言語道断の「江戸しぐさ」、の巻
No.3457 ・ 2020年07月25日




■「雨のふる日は天気がわるい」。たしかにいえる。その通りだ。天気予報でそういったのではない。当たり前すぎて、バカ馬鹿しいとさえ思えてくる。どうやら江戸川柳らしい。江戸川柳となれば、素人の応募作であるだろう。「ぼたもちは、米だよ。木の根はタツカだ」と、いうように、どんどん続いていくらしいが、私が子供の頃になにげなくおぼえたものである。それも、それだけのことであり、いまだに忘れられない。たしか、その後に、「からかさは骨だよ」と、あったような気がするが、果たしてどーなのか。でも、たしかにからかさは骨でできている。その通りとさえ思えてくる。妙である。
 で、思い出したのは、私の子供の頃は、「傘」であり、からかさといった。まだコウモリなどというものは一般の人は持ち歩くこともなく、まったくなじみもなかった。大人から子供まで、雨の日は傘をさしていた。そして、私の子供の頃、たしか小学三年生か、四年生ぐらいまでは、「和傘」であった。家族のものに一本ずつはあったと思う。子供たちも一本は自分の傘を持っていた。と、いうのは自分の傘に自分の名前入りの傘であった。街の傘屋さんがやってきて、注文をとって名前入りの傘を買うことになる。そして、家族のものには、その家の家号のようなものが書かれてあった。私の家は、○の中に山と書かれた家号であった。村の各家でもそれぞれの家号があり、「これはどこの家のものであるか」と、すぐわかった。今、考えてみるとコウモリと違って重い傘であった。それでも、そういうものであるとしか知らなかったから文句もでなかった。ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)『謎解き古代文明』(彩図社文庫、本体六九四円)に、〈古代以来の知恵「江戸しぐさ」〉と、いう項目がある。
 〈「傘かしげ」についても、江戸時代には和傘は贅沢品で庶民の雨具は主に蓑傘や合羽だったこと、スプリングが効いた洋傘と違い和傘では人とすれ違う時には傾けるよりすぼめる方が早いこと(浮世絵などには傘をすぼめて走る人の姿も描かれている)、土間が路地に面した江戸の家の作りでは道端で下手に傘を傾けると人様の家の玄関や店頭に水をぶちまけかねないことを考えると、洋傘が普及した現代だからこそのマナーと考えざるを得ない。〉(本書より)
 ところが、
 〈「江戸しぐさ」は現代人が現代人のために作ったマナーだからそれなりに実用的である。事情がわかっている大人が洒落として「江戸しぐさ」を学ぶことまで否定するものではない。しかし、江戸時代に実在したものとして学校で教えるのは言語道断だ。モラルやマナーが説かれるべき道徳教育の場において嘘を本当と言いくるめるのがまかり通るなら、それこそが深刻なモラルハザード、マナー違反の実例なのである。(原田実)〉(本書より)
 傘かしげが、江戸しぐさであったかなかったかは知らないが、しぐさというより、エチケットに近いものだろう。雨の日、そのような局面にあったとしたら自然と傘をすぼめる行動にでるだろう。和傘だったからというものでもなかろう。コウモリだったらどーなのか。すぼめるより、かたむけるだろう。それが人情というものだ。そんなことのない世の中って、又、そんな人情のない人と雨の日、出会いたくないものである。







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