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評者◆粥川準二
ブラック・ライブズ・マター、健康格差、進化論――進化論はCOVID‐19に立ち向かう一方、優生思想や人種差別との親和性もある
No.3455 ・ 2020年07月11日




■今年五月、アメリカのミネアポリスで、白人警官が黒人男性を死なせたことを発端として、黒人に対する構造的な人種差別に反対する「ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)」運動が世界中に広がっている。同様の事件は以前から、そして現在も続いており、いくつもの映画にまでなっている(『フルートベール駅で』、『デトロイト』など)。
 そして欧米諸国では、新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)による死亡者が、白人よりも黒人でずっと多いことがわかってきた。この事実もまた、ブラック・ライブズ・マター運動が世界中から支持を集めている背景であろう。
 筆者はその理由を、欧米諸国では、黒人と呼ばれるアフリカ系住民たちが世代を越えて社会的・経済的に低い地位に押し込まれており、そのため高い教育や収入を得られないことが原因だと信じていた。社会経済的地位(SES‥Socioeconomic Status)が低いほど平均寿命が短く、病気にかかりやすいことなど、医学者ではなくてもすでに常識である。
 アフリカ系住民は白人に比べて、リモートワークできる職種よりもエッセンシャルワーク(ライフラインを維持するために現場で働く職種)に就く傾向が強いこと、食費や教育の不足から不健康な食生活を続けがちで糖尿病などCOVID‐19を悪化させる基礎疾患にかかりやすいこと、そもそも医療へのアクセスが悪いこと、そして日常的に警察官から差別的に扱われるためマスクをできないこと、などが指摘されている。
 ところが医師で疫学者の古賀林観「なぜアメリカの黒人の寿命は短いのか? BLMから考える人種と健康の関係‐Part1」によると、「人種間の健康格差は、教育や収入だけで説明できない」という(note、六月一七日)。同じ階層においても「白人と黒人の間には平均寿命の差」があること、さらには「25歳時の平均余命のデータでは、大学卒の黒人女性よりも、高校卒の白人女性の方が平均余命が長い」こと、母親が同じ大卒であっても黒人女性では白人女性よりも「乳児死亡率は2・5倍以上も高い」こと、「母親が大学卒の黒人女性である場合、母親が高校を卒業していない白人女性であった場合よりも乳児死亡率が高い」こと、などを古賀は説明する。
 とはいうものの、古賀は「人種間に見られる健康格差が生物学的な差によるものである、というエビデンスは見つかって」おらず、その一方で「社会的な不平等が人種間の健康格差の多くを説明できるというエビデンスは多く示されている」とも強調する。
 古賀は続編で、ハーバード大学の研究者が提唱する理論を解説しつつ、「肌の色の違いによる差別はもちろんのこと、肌の色が同じだからこそ顕在化しにくい更に複雑な差別とそれによる健康格差も存在し得るのではないでしょうか」と問題提起する(「なぜアメリカの黒人の寿命は短いのか? BLMから考える人種と健康の関係‐Part2」、note、六月一七日)。
 一方、六月一九日、自民党広報のTwitterアカウントが『教えて!もやウィン』という漫画で、進化論の提唱者チャールズ・ダーウィンの言葉として「最も強い者が生き残るのではなく 最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは変化できる者である」と書き、憲法の改正を訴えた。もちろんその後、それは多くのネットユーザーや専門家から「ダーウィンはそんなことを言っていない」と批判された。
 偶然であろうが、約三カ月前、生物学者の千葉聡は「19年前、とある首相が行った国会演説の一節」でも同じ「引用」がされたことを例示しつつ、これが「ダーウィンの言葉ではない。彼の考えでさえない」こと、現在の進化生物学的にも不可解であることを指摘していた(「誰もが知っているダーウィンの名言は、進化論の誤解から生じた!」、講談社ブルーバックスのウェブサイト、三月四日)。
 「ある首相」とは小泉純一郎元総理のことで、当時も同様の指摘があったはずだ。ただ二〇〇一年当時は、この曲解がどうして生じたのかはわからなかった。しかし、ケンブリッジ大学のウェブサイト「ダーウィン書簡プロジェクト」にある「誤引用の進化」というページ(著者、日付不明)によると、どうやら一九六三年にある経営学者が勝手に「解釈」したものが一人歩きして、ダーウィンの言葉にされてしまったらしい。このことは、二〇〇九年に進化生物学者ニコラス・メツキによって確認されたという。
 この件について、ある記事は「ヒトラーのみならず、さまざまな国・勢力が、政治・社会・経済変革を正当化するために、「進化論」やダーウィンの名、そこから後世に派生した「優生学」を利用してきた経緯がある」と解説した(吉川慧「ダーウィン「進化論」の誤用で憲法改正を主張。歴史が示唆する自民Twitterの危うさ」、BUSINESS INSIDER、六月二二日)。その通りなのだが、ダーウィンその人にも優生学的な思想があり、後世で悪用されただけではないことも指摘しておこう(中村隆之『野蛮の言説』、春陽堂書店、二〇二〇年、一六九~一七二頁、など)。
 前出の千葉によれば「新型コロナウイルスの感染ルート解明に欠かせぬ分子系統解析の技術は、進化理論の粋を集めたもの」である。進化論はCOVID‐19に立ち向かう一方で、優生思想や人種差別との親和性もある。どちらを活かすはわれわれ次第だ。
(県立広島大学准教授/社会学・生命倫理)







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