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評者◆凪一木
その53 ビル管喧嘩同窓会
No.3454 ・ 2020年07月04日
■同窓会に行ってきた。
というより私が幹事なので、皆を集めて開催した。クソ爺イばっかりなので、と書いているのは謙遜でも何でもなく、事実そのままであるから、その通りでしかないのだが、これがそれゆえにクソ頭に来ることが起きる。 年を取ると、穏やかな好々爺イになるタイプと、ひたすら意固地で頑固な下らない爺イになるタイプのどちらかで、格差分裂していくように思われる。お前はどっちなのか、と言われそうだが、心中は頑固だが、そんなことは絶対に悟られることなく死んでいくはずだ、とはもちろん言えず、一生に一回は世界をあっと言わせようと、懐に爆弾を温めている。というのは冗談だけど、久しぶりに見た大馬鹿野郎の話だ。 かつて高校に入学して、中学までは見たことのない部類の人間に出会う。 『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ翌日の私は、興奮してその話を学校でした。そうしたら、聞いていたうちの一人が、鼻でせせら笑って、「Aは読んだのか?」と聞いてくる。「いや、読んでない」。もうAのタイトルは忘れてしまった。 「“ライ麦畑”なんて大したものじゃないよ。サリンジャーを語るのなら、Aを読んでいなければ話にならない」と言われた。はあ~? みたいな、両手を広げてデニーロのポーズでもしてやろうか、と思いながら、実際には、汗でたっぷりの握り拳を震わせていた。 あれからもう四〇年以上たって、何とか嫌な目に遭わない術を少々は学んできたつもりだし、回避もしてきたつもりであった。ところが、またしても出くわすものなのだ。 ビル管という狭い袋小路に入り込んでいるムサイ男たちの集まりが故という理由も多分にある。その男(仮にクマとする)は、唐突にチェーホフの言葉を引用してきた。不愉快な言い回しだったので、私は釘を刺す。 「ここでチェーホフなんて持ち出してくるなよ。関係ないだろう」 そうしたら、突っかかってきた。 「お前は、チェーホフが何歳で死んだか知っているのか。答えてみろ」 それは、私の親戚のおじさんが何歳で死んだか答えてみろというのと大して変わらないわけで、そういうことを聞いてくる奴と言うのは、その世界についての代弁者などではもちろんなく、その世界の理解者でもファンですらないと私は思っている。 高校のときの倫理の先生を思い出した。ホンダというが、ウイングの方のそれではない。 「お前たちはチェーホフの『可愛い女』も読んでいないのか。馬鹿野郎。本も読まない南高生。本のない本屋、旭屋書店。本屋のない街、札幌。文化のない街が都の北海道」と寅さんの啖呵売のごとくに、繰り言と文句が続いていく。 いつか、本の一冊でも出したときは、この先生に見てもらおうと、当時はずっと考えていた。だがホンダはとっくに死んでいた。目標の一つが失われた気がした。 しかしこのとき、ホンダそっくりの男が私の近くにいた。それが高瀬幸途だった。当時の太田出版社長だ。最初に会うときにも、おそらく彼にとってはどうでもいいかのようなVシネマをわざわざ観てきた。当時は映画評論家ですら手を付けない世界だ。その後は会うたびに、私の取り上げている映画を観てきては話題に出してきた。最後に会ったときだけは、「今日、観ようと思って観れなかったんだ。ごめん」。 ホンダにも見せられず、一方、「満足するような本を」と思っていた矢先の高瀬幸途である。その死をも知らず手紙を送る。奥様から返信が届いた。記事は霊前に供えた、と。 どこでどう、どんな立派な仕事をした、とか、それはそれ、関係ない。今、目の前に横たわっている、立ちふさがっている問題とどう向き合い、どう対処するか。どう立ち向かうか。そのことだけではないか。 普段全力を出している奴は作品を作れない。スポーツ選手は普段、記録を求められても、また作家に普段、議論を吹っ掛けても、期待に応えられない。作品を残さない人たちの戯れになかなか参加して楽しむことが出来ない悲しい性がある。ひたすら、その日のために練習をしている。 何故あんな奴が良い作品を残すのかと言えば、それは、あんな奴だからなのだ。練習中のあんな奴を見ているにすぎない。普段、あんな奴でないとしたなら、普段までもが作品を作って生きていることになる。そんな奴は自殺でもしかねない。あんな奴、そんな奴、こんな奴。 有名人は、カッコよく見せることに関しては、重視し、敏感で、執着し、大切に扱うから、見る側、見せられる側からすると、一見、すべてが立派であると錯覚もさせられる。しかし実際のところは、不十分な部分が多々ある。 一方、無名人は、たまにカッコいいところがあっても、他をカバーするほどに魅力的には見えない。なぜなら、そのことを重視もせず、執着もせず、敏感でもないからだ。 ある編集者は言う。勝れているから原稿を頼むのではない。例えば内田裕也のように、ダメな人間でも、どこか色気があって、チャーミングで、喧嘩してもまた会いたくなる。縁があったのだと感じさせる。そういう人に頼むものなのだ。 故人から「好かれてた」なんて自ら言う奴は好かれていない。言わなくても、好かれてる奴は好かれている。喧嘩した連中について、彼らは、私が嫌っているとしか思っていないと思う。だけど、そうじゃない。嫌われていると思うほどに、私は嫌っていない。 随分と喧嘩別れした人間がいる。二〇年来も一人、一〇年来程度ならかなりいる、五~六年なんて、数えきれない。後でわかることなのだが、喧嘩するってことは、好きだってことだ。嫌いな奴とは喧嘩にならない。嫌いな奴とは本当には喧嘩にならないのだ。 喧嘩の前に去るか、喧嘩せずにだらだらと仮面をつけて偽りの時間が流れているだけだ。ただそれだけだ。喧嘩した奴のことは、喧嘩したときのことは、今でもそれぞれ覚えている。それぞれに好きだ。だけど、会えない。物理的に会えないわけじゃない。敢えて、という言い方すらしたくないが、会わない。 これを書いていると涙が出てくる。この気持ち、わかる人はわかると思う。 日常生活が楽しい奴に、大した字は書けない。ただし、ただ苦しいだけの者にも、字なんて書けやしない。本当に嫌なことを知ったとき、そんなに苦しいものではない。 字というものは、その表出である。 (建築物管理) |
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