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評者◆稲賀繁美
「永遠の今」において遭遇する「我と汝」――西田幾多郎と九鬼周造の「偶発」的読み直しにむけて
No.3453 ・ 2020年06月27日




■台風やpandemicは、接近や流行が報じられても回避はままならない。「地震・雷・火事・親父」は、予見の暇なく突如到来する。運悪く遭遇した被災者には「偶然の仕打ち」となる。
 九鬼周造は両大戦間に長く欧州に逗留した。フランス滞在の末期にポンティニィーの哲学者の集いで、東洋的時間の円環構造に関するフランス語講演を行った。ハイデガー『存在と時間』が説く「脱自」を「水平的έκστασις 」と規定し、それに対して「垂直的έκστασις」としての忘我体験に「永遠の今」を捉える。
 この文脈で九鬼はシシュポスの神話に言及する。山頂に岩を担ぎあげるが、その度に岩は空しく谷底に落下する――この永遠の苦行を強いられた巨人の物語だが、九鬼は通常の解釈を転倒させ、そこに人間実存の自由意志の根拠を見る。
 無限反覆は罪業ではなく、七生報国は死に克つ生への意志となる。九鬼の脳裏には関東大震災があった。災害は将来も繰り返す。だがだからこそ帝都・東京は復興に勤しんでいる。
 ここにNeo‐Platonismに淵源するM.Ficinoらイタリア・ルネサンス期以来のphilosophia perennis「永遠の哲学」が接ぎ木される。世界の諸宗教は源泉の「一」に通じ、その時代ごとに同一の真理が何度でも再生回帰する――。この教義に従うと、永劫回帰・輪廻転生を再解釈する哲学の途が拓ける。さらに偶発の出来事との遭遇・接触は、必然ではなく予見不可能。それが偶然性contingenceと呼ばれ
る。「垂直的έκστασις」では過去と未来とが現在において不意に垂直に接触tangereする。その瞬間、体験者は雷に打たれたように、自己を喪失する。
 九鬼は1928年に帰国し、『偶然性の問題』を博士論文(1935)に纏める傍ら、「垂直的έκστασις」体験を、詩歌における押韻の想起に当て嵌める。過去の詩文を朗誦してその押韻に唱和すると、死者の霊に憑依され、己はそれと混融一體となる。この「永遠の今」に詩人・九鬼は「言霊の咲きはう」日本の国體を幻視する。
 四一年に早世した九鬼の墓碑は、前任者・西田の揮毫。だが西田が『偶然性の問題』に応答した証拠は、残されていない。とはいえ西田晩年の思索が触れる「永遠の今」は、九鬼の思索と、看過できないcontingencyを呈していた。
 西田後期の論考「我と汝」(1932)には「永遠の今の自己限定」という語句が頻出する。「永遠の今」は「自己限定」を「行為」することにより「今」という「時」に垂直的に降下する。あたかも無限の神が有限の世界に降臨するがごとく。このΚαιρός顕現は、自己ならぬ「汝」が自己に到来することで「絶対矛盾」として「同一性」を獲得する瞬間でもある。もとより「自己同一性」は「我」と「他我」との「偶然」の重畳という「忘我」έκστασιςの瞬間にしか成就しない。
 だがこの「絶対矛盾」は一瞬毎・日常不断に反復されている。一瞬前の「他」を「己」と同一視する錯誤が「自己同一性」の幻想を保証する。さもなければ、もとより「我」は自ら生の「連続性」即ちidentityの意識を育むこともできまい。言語無明・主客分節以前の意識の実相が「統合失調」を呈することは、仏教の唯識が教えていた。
 「我と汝」で西田は「私を限定する無限の過去としての汝」を説く(旧版全集六巻418)。先人たちの歌謡群に「汝」を託し、その朗誦に「永遠の今」perenniteを追体験するなら、ここに九鬼の押韻論が西田への転生を果たす。輪廻転生・永劫回帰は、未来・過去一丸のΚαιρόςをΧρόνοςの時間軸上に刻印する。「我々が瞬間的限定の尖端に於て無限の未来から限定せられて居ると考へる時、此世界は意志実現の場所といふ意味を有つて来なければならぬ」(同上)。――あたかもシシュポスが「意志実現」のため、永劫の円環に己が「自由」を委ねたにも等しく。

*寥廖欽主催「東アジアにおける哲学の生成と発展」(2020年5月24日)Zoom会議での筆者の即興発言より。嶺秀樹先生はじめ参加者からのご教示に謝意を表する。またこれは小林敏明『西田哲学を開く――〈永遠の今をめぐって〉』、小浜善信『九鬼周造の哲学――漂泊の魂』、鈴木貞美『歴史と生命:西田幾多郎の苦闘』への筆者の現段階での応答を兼ねる。西塚俊太「人生の悲哀と「永遠の今」の歴史論の交点」『死生学研究』13号からも有益な示唆を得た。







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