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評者◆粥川準二
Covid‐19――保健所、PCR検査、日本国憲法
No.3452 ・ 2020年06月20日




■五月二五日夕方、安倍晋三首相は記者会見の冒頭で、「本日、緊急事態宣言を全国において解除いたします」と宣言し、四月七日以来約一か月半続いていた、新型コロナウイルス感染症(Covid‐19)をめぐる「緊急事態」が解除された。
 首相は、新規の感染者が一日五〇人を下回り、ある時期には一万人近くいた入院患者も二〇〇〇人以下になったと説明し、「世界的にも極めて厳しいレベルで定めた解除基準を、全国的にクリアしたと判断した」と解除の理由を語った。
 安倍首相に指摘されるまでもなく、緊急事態が解除されたからといってウイルスが消えたわけではない。海外では依然としてきわめて多くの患者・死者が確認され続けており、専門家たちは、またさらなる感染拡大――第二波――が起こる可能性を警戒している。残念ながら、私たちの日常はそう簡単には元には戻らなそうだ。
 それにしても興味深いのは、日本ではなぜ、パンデミックの被害――とりわけ死者――が少ないのか、という素朴な疑問である。
 感染者(正確には検査陽性者)の数はいろいろと問題があるので、死者数を見てみると、日本の死者は人口一〇万人あたりわずか〇・六人。アメリカの二八人、イギリスの五二人など欧米諸国に比べると二桁も少ない(後述する中村論文など。筆者検算済)。爆発的な感染拡大が起きなかった、という意味では、日本はとりあえず第一波に耐えたと評価していいだろう。
 その理由としては、日本人の生活習慣や医療水準、BCG接種など、さまざまな説が浮上している。しかし最近になって、死者が少ないのは日本だけでなく東アジア諸国で共通しており、それはわれわれがすでにさまざまなコロナウイルスに感染したという経験を持ち、そのときに得た免疫が新型コロナウイルスにも効いているからだ、という説も提起されている。
 いずれにせよ、厳格なロックダウン(都市封鎖)や外出禁止など、強制的な措置が行われなかった――不可能だった――にもかかわらず、欧米ほどの爆発的な感染拡大はなかった。このことは「日本の非強制措置が、強制措置を取っている他国より効果的であった可能性を示唆している」と、中村進「日本の緊急事態対処における非強制措置の是非を考える(後編)」(国際情報ネットワーク分析IINA、五月二五日)は指摘する。政府が私権を制限できるような強権を持たない限り、パンデミックを制御することはできない、という主張も一部にあるようだが、日本が「私権を奪う強制措置よりも、個人の衛生教育と啓蒙の方が効果的という例」かもしれないことは覚えておいてよい。もちろん、厳密な検証が必要であることはいうまでもないが。
 このことと関連して注目したいのは、保健所の存在である。高鳥毛敏雄は共同通信の武田惇志記者による取材に答えて、日本のコロナ対策は保健所と保健師がいるからこそ成立していると主張する。この記事では、その背景には結核への対策の歴史があること、何度か保健所が弱体化させられたことがあったが何とか踏みとどまれていること、そしてコロナ対策においては「保健所がPCR検査の窓口、検体採取の訪問、検体の検査所や医療機関への搬送、結果の受検者への還元、濃厚接触者の調査と検査など、クラスター対策の前線の様々な役割や機能」を担っていること、などが説得力を持って解説される(「新型コロナ、日本独自戦略の背景に結核との闘い」、47NEWS、五月二五日)。
 また、韓国がPCR検査を大量に実施したことには「国民を戦時動員できる国であることが背景」にあると高鳥毛は説明する。「日本は憲法上、軍隊を持たない国であり、欧米や韓国とは少し異なる方向を目指す必要があります」。
 実際、PCR検査は、韓国では日本の約一〇倍行われている。たとえば「Our World in Data」というデータサイトによれば、五月二七日には、韓国では人口一〇〇〇人あたり〇・二一人がPCR検査を受けたが、日本ではわずか〇・〇二人である(アメリカでは一・一一人)。日本におけるPCR検査の少なさは、内外のメディアや論客たちから批判され続けてきた。
 しかし人口一〇万人あたりの死者は、日本は前述の通り〇・六人、韓国は〇・五人であり、あまり変わらない。死者数の低減には、PCR検査はあまり貢献していないと考えるほうが自然である。多くのメディアや論客たちは、少なくともある時期まではPCR検査を過大評価していたことになるが、そのことは忘れられつつあるようだ。
 越智小枝「新型コロナウイルスの科学(2)検査とコミュニケーション」(国際環境経済研究所、三月二七日)、佐々木淳「本当にPCR検査は必要か?」(医療法人社団悠翔会、五月一二日)、鈴木貞夫「PCR検査をめぐる「5つの理論」を検討する」(論座、五月一六日)など、PCR検査の限界を指摘する声もなかったわけではない。が、ポピュリズムに煽られて、普段はまともなメディアや論客が暴論を述べたり、国や自治体が愚策に走ったりするのはもう見たくない。
 一方、中村も高鳥毛も、日本独自のコロナ対策の背景として、日本国憲法の存在を指摘していることは注目に値する。
(社会学/生命倫理)







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