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評者◆粥川準二
Covid‐19パンデミック――震災の教訓をどう活かすか?
No.3448 ・ 2020年05月23日




■世界保健機関(WHO)が目下の新型コロナウイルス感染症(Covid‐19)の拡大について、「パンデミック(世界的大流行)」であると宣言したのは、奇しくも三月一一日だった。
 九年前のこの日、東日本大震災が発生し、日本は地震、津波、そして原発事故の同時発生という世界史的にも例を見ない災害を経験することになった。その傷も癒えないうちに、今度は感染症パンデミックである。
 東日本大震災は、科学技術と社会との関係について、われわれに再考と反省を促す出来事だった。われわれは震災で得た教訓を、この危機を乗り越えるために役立てられるだろうか? 筆者はあまり自信がないのだが、やってみるしか選択肢はない。本連載もそのために始動する。
 本連載では、毎回の執筆の時点で、科学技術の現在を考えるために必読と思われる論考を選んで紹介する。しばらくはCovid‐19関連のものに集中することをお許しいただきたい。またこの時代ゆえ、どうしてもウェブ媒体に掲載されたものが多くなることもご了承いただきたい(URLは省略する。論考名で検索してほしい)。
 文化人類学者の磯野真穂はいくつかの記事で、感染拡大の防止のためにもっと強力な行動制限を自ら望むわれわれに再考を促す。
 緊急事態宣言が発せられる直前のインタビュー「問われているのは『命と経済』ではなく、『命と命』の問題」(BuzzFeedNews、四月五日)では、「「コロナにならない・うつさない」という善のためであれば、人権の制限も個人の監視も許すべきだ、そんな空気が世界を覆っています」と、その空気に抗いながら指摘する。「何か問題が起こると、その主体にそこまでの管理が可能だったのかの議論はそれほどされることなく、その主体の責任が問われ、糾弾の対象となるのです。今社会ではそれが起こっています」。
 その後の論考「新型コロナウイルス対策下における差別解消は可能か? 魔女狩りの先に待つ、光あふれるユートピア」(BuzzFeed、四月一三日)では、メアリ・ダグラスの『汚穢と禁忌』(ちくま学芸文庫)を援用し、感染した大学生への糾弾や医療従事者への差別を例示して、意外にも「倫理的には許されない行為も、このような分断下でのリスクヘッジとしては誤りとは言えない」と指摘する。そしてそのジレンマを解決するべく、国家と市民とICT企業が力を合わせれば、「新しい統治のシステム」による「光あふれるやさしい社会」が誕生するだろう、と予言する。
 伊藤計劃が『ハーモニー』(ハヤカワ文庫JA)で描いたディストピア≒ユートピアを彷彿とさせる磯野の警告は重要だ(なお磯野は、緊急事態宣言を含む感染対策を否定しているわけではない。医学者たちの情報発信を無視しているわけでもなく、むしろ重視している。念のため)。
 ところで『図書新聞』で、ウェブ上の動画を紹介するのはふさわしいことだろうか? 二三年前、ジャーナリストの武田徹は『「隔離」という病い』(中公文庫)にて、ハンセン病の歴史を再確認し、ミシェル・フーコーやロバート・ノージックの諸論を援用しつつ、「隔離」という医療行為の含意を検討した。その結論の一つは、感染者の隔離には「隔離されることで失われた権利は賠償されること」という条件を付けることだった。
 いま筆者を含めほとんどの潜在的感染者は多かれ少なかれ、自分自身を隔離しているはずだ。賠償されるべき人がいることも明らかであろう。
 大学でメディア論を教えてもいる武田徹は、四月一日、日本記者クラブで行った講演「感染症施策と報道」で、ハンセン病の歴史に学ぶことを報道関係者に呼びかけた。当時、政府も専門医も報道も、そして市民社会も大きな間違いを犯し、患者たちの人権を侵害した。しかし、間違いに気づいたときにはそれを修正して議論を進める「可謬主義」を武田は提案する。この講演は記録されており、幸いにもYouTubeで、誰でもいつでも聞くことができる。
 歴史から学ぶことを強調する論客は武田だけではない。歴史家の藤原辰史は、一九一八年から一九二〇年にかけて世界中を襲い、少なくとも四八〇〇万人もの人命を奪ったスパニッシュ・インフルエンザ、いわゆるスペイン風邪に注目する(「パンデミックを生きる指針――歴史研究のアプローチ」、岩波新書編集部、四月二日)。そしてその歴史から「感染症の流行は一回では終わらない可能性があること」など八点の教訓を引き出す。
 そして藤原も引用しているように、武漢でのロックダウンの日々を綴った作家・方方の言葉こそ、コロナ後の社会再編のために忘れてはならないことだろう。「一つの国が文明国家であるかどうかの(略)基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」(王青「武漢から新型コロナ禍を発信して読者1億超、当局の削除にも屈しない「方方日記」とは」、DIAMOND online、三月六日)。
 なお毎日のように変化するCovid‐19パンデミックそのものの状況や生活上の対策については、複数の専門家(つまり医学者)からの情報発信を突き合わせて判断するのが一番だろう。筆者は、政府対策本部の専門家会議や厚労省クラスター対策班などの関係者で組織された「コロナ専門家有志の会」や、何人かの感染症や疫学の専門家のSNSアカウントをフォローしている。
 彼らが情報発信するたびに、ネット(とくにTwitter)では彼らに対する憎悪が吹き荒れる。その風景は震災後の数年間と似ている。そうした憎悪が何も解決しないということを、震災から学んでいない者も多いらしい。専門家も失敗するのだ。一方で市民社会も暴走して失敗することがあるのは、ハンセン病など病者への差別の歴史から明らかである。研究者にもメディアにも、そして市民社会にも、必要なのは可謬主義の理解と実践である。
(社会学/生命倫理)







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