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評者◆小嵐九八郎
肉欲に悶えつつのせつない純愛――勝目梓著『ある殺人者の回想』(本体七八〇円、講談社文庫)
No.3445 ・ 2020年04月25日




■勝目梓氏が、三月三日、亡くなった。八十七歳だった。死の直前まで、かなり層の厚い同人誌の『スペッキオ』で『落葉』という命の枯れる中の生命への歌を小説化して連載していた。八十歳を越えても、俺など洟も引っ掛けてくれなくなった『オール讀物』に、戦死した夫の死後の哀しい未亡人の話など書いていた。哀しさが、読み手の心や生き方にじわりと迫るリアリティがあった。
 勝目氏は、芥川賞候補と直木賞候補になった後、貧乏な生活のため、小説を書きたいため、読み手をうんと求めたいため、『小説現代』の新人賞に挑み、獲った。俺みたいな権威に弱い物書きは、プライドゆえにへなへなと腰砕けになるだろうに、この根性だ。葬いは近親者のみでやったとの新聞記事だった。
 当方が物書きになる前後の三十五年前は、勝目氏はジャーナリズムが言う“バイオレンス小説”のトップ・ランナー。しかし、人類の根本テーマの性と、戦争と支配の根源にある暴力を課題にしていて、しかも、その文章の譬喩を含めた新鮮さ、読み手を揺さぶる人間のアナーキーな営為と魂は凄まじい迫力を持った。俺の学生運動をともにやった友達、過激派仲間にはかなりファンがいて、深酔いして果て「おい、小嵐、勝目梓ってどう思う?」としばしば聞いてきた。その頃に興奮し、感激したのは『火刑の朝』とか『獣たちの熱い眠り』などなどだった。
 うん? おやあと感じ入ったのは晩年の『小説家』『死支度』あたりで、勝目氏が自らの思いを小説にぎりりと滲ませてきてからだ。
 その、勝目氏の到った地平と、売れに売れた時代の地平が結び、絡まり、入手できる一冊は『ある殺人者の回想』(本体780円、講談社文庫)だろう。あまりに迫るので、もしかしたら、既に書いたかも知れないけれど、肉欲に悶えつつのせつない純愛があり、何より戦後の道徳史があり、泣けてくる。勝目氏が実際に経た、海の下の炭坑の死と紙一重の労働の歴史を知ることができる――コロナ・ウィルスの蔓延の中で、自宅でこの小説を読むと勇気と心の静まりを貰えるはず。
 あの世は無だろうが、それでも勝目氏の冥福を祈る。







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