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評者◆新月雀
ルイス・キャロルがつくりだしたアリスのすべて
詳注アリス 完全決定版
マーティン・ガードナー/ルイス・キャロル著、高山宏訳
No.3442 ・ 2020年04月04日




■世界中で愛される作品である『不思議の国のアリス』そしてその続編である『鏡の国のアリス』について、数学者でありルイス・キャロルの研究者でもあるマーティン・ガードナーによる膨大な量の注釈を加えたのがこの本だ。もともとは1960年に出された『詳注アリス』があり、1990年になって追加要素を入れた増補改訂版が出され、さらに1999年に決定版とつけられた『詳注アリス』となった。残念ながらマーティン・ガードナーは2010年に亡くなったが、最後までその熱量は高く、多くの研究成果を遺していった。この本は今まで出された『詳注アリス』をまとめた完全決定版と呼べる一冊である。ただし、訳は今までのものを流用するのではなく、新たに訳しているということで、その努力は敬服に値する。
 『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』は、児童文学だけでなくディズニーのアニメや実写映画など様々な形で世の中に知られている。ルイス・キャロルのつくりだした摩訶不思議な世界に、多くのクリエーターがインスピレーションを刺激され、子や孫とも言える作品も多い。ミステリー小説の題材になっているし、2000年にEAゲームが出した『アリス・イン・ナイトメア』はスピルバーグの興味も引くほどにクオリティが高かった。
 しかし、現代の人間が原典である2つのアリスを読むとき、その内容を理解することは難しい。なぜなら、ルイス・キャロルの綴った言葉は、その当時に流行した言い回しや内輪ネタが満載だからだ。今回、この本を読んで理解できない部分をナンセンス文学だからとあえて流していたことが、間違いだったことに気がついた。もちろん全てを理解は出来ないが、注釈としてルイス・キャロルはどういう言葉に変化を加えたのか、使われているフレーズのもとになった詩などを照らし合わせながら読んでいくと、そこにどんな意図があったのかをおぼろげながら掴むことができる。出鱈目を書いているようで、そこには深い意味があるのだ。
 また、アリスのモデルになったルイス・キャロルの小さな友人アリス・リドゥル(これまでアリス・リデルと書かれている本が多かったので、そういう読み方をしていたが正確にはこちらの読み方が正しいらしい)や独特のイラストで作品を彩ったテニエル、『リリス』や『ファンタステス』などの作品で知られルイス・キャロルという作家の誕生に一役買ったジョージ・マクドナルド一家など周辺の人とのエピソードも興味深い。
 内輪ネタはともかく、当時の文化が元になっている部分はおそらく同時代の人々はすんなりと受け入れられたのだろう。日本の文学でも、大正、明治、江戸と時代をさかのぼっていくにつれて、現代の人間には意味がわからない部分が出てくる。作者はその時代で生きる人に向けて書いているのだから、それは当然のことであるが、説明しなくても分かるだろうという部分が、50年、100年と月日が経つにつれて読み方がわからなくなっていくというのは一種のドラマではないか。
 さて、本のことについて戻るが、注釈が細かく書かれており、一部分のことで数ページが割かれることもある。『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を読むときには、作品と注釈を交互に読まなければいけないので、注釈を読むときには現実に引き戻されて純粋に作品世界に浸りことができなくなるのが難点ではある。だが、一通りすべてのページに目を通してから、あらためてアリスの冒険を読み返せば良いだろう。そうして何度も繰り返し読むことで、ルイス・キャロルの生み出したものが脳内に根付いていく。
 個人的に注釈のおかげで発見できたことの中で印象深かったのが、アリス・リドゥルという名前のことと、テニエルとの関係性だ。挿絵は渡された作品からイメージするイラストを描くだけというイメージだったが、テニエルは作品の内容についてキャロルに意見して、その結果として『鏡の国のアリス』から「かつらをかぶった雀蜂」という一部が消えた(この本にはその削除された部分も掲載されている)。そこまで一緒に作品づくりをしているとは意外だった。
 それから、『詳注アリス』は版を重ねるたびに、日本も含めた世界中のキャロリアンが新たな解釈や間違っている点の指摘などを手紙でガードナーに送り、それが次の版に盛り込まれていったのも面白い。それほどまでに人を魅了する作品であることがわかる。
 そこでふと思ったのが、熱狂的なファンのことをこの本でも「キャロリアン」と呼んでいる。同じように熱狂的なファンを持つ『シャーロック・ホームズ』は「シャーロキアン」だ。ホームズの場合には、その愛を向けられるのがドイルではなくホームズなのに対して、2つのアリスについては、アリスではなく作者であるキャロルを愛している人が多いということだろうか? その気持がわからないでもない。







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