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評者◆小嵐九八郎
壊れる寸前の切なさ――芥川龍之介著『歯車』(本体四二〇円、岩波文庫)
No.3441 ・ 2020年03月28日




■横浜の全国紙のカルチャー・センターで三十年ほど講師をしていて、その中身は小説を書いてもらうことと、芥川賞や直木賞の作品、流行りの小説、名作をテキストにして互いに討論しあうことだ。それで、今回は、そこで近頃気になって、三回目の読書でやっとその凄みに気付いた小説について記す。これからも、近刊のあれこれだけでなく、古典的なそれを取り上げていきたいもの。
 指示代名詞が多くなっちまうが、それは、芥川龍之介の『歯車』(本体420円、岩波文庫)だ。御存知の通り、この小説は睡眠薬による自殺の三ヵ月前に書き上げた遺稿である。
 高校時代と大学時代に当方が読んだ時の印象は、光景がくるくる変わる、ストーリーがつまらない、芥川自身の暗いとの思い込みが強いなどだった。要するに俺は解っていなかった。だけど、あの名作『地獄変』ですら当方がやっと三度目に、六十五歳で読み「えっ、こりゃ、美をとことん追う人間が、それも愛しい娘さえ犠牲にしても深追いする人間が、ごく普通の道徳の前で自壊する話か」と解りかけたわけで、七十五歳の今、『歯車』を少しは理解し得るのではと挑んでみた。
 かみさん殿がかなり厳しい躁鬱病(今は双極性障害と呼ぶのか)を経たり、親しい友人や親戚の人間が統合失調症になったりで『歯車』の読み方が変わったのか、この小説は「凄ええ」と感じた。一九二七年の作だが、世間だけでなく芥川も“気狂い”になることを忌み嫌い、恐怖した時代、ましてや実の母も“発狂”しているので、芥川の、幻覚としての歯車、レイン・コートの男などを見てしまう切迫感は切実にして圧倒的であるのだ。うんと後に芥川賞を取った吉田知子の『無明長夜』の朧の迷路と違い、病者の叫べそうで叫べないひりひりする切なさが満ち、壊れる寸前なのである。むろん、病者自身の必死な苦しみの表現としても本邦の最初の小説だろう。小説それ自体との評価は別ものかも知れないが、書き終えて三ヵ月で自死している「事実としての説得力」にも頭を垂れる。
 老いて、芥川賞を斜め読みしまいと思った。







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