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評者◆凪一木
その39 Sの罠に嵌まった同僚
No.3440 ・ 2020年03月21日
■Sとは、「あの」最古透のことである。こんなことがあるのだろうか。
人が邪悪の策略にまんまといつの間にか乗っかっていて、それにより、何の咎もない会社員が、辞めさせられようとしている。引っ掛けられたわけでもなく、自ら嵌まったわけでもなく、嵌まり、引っ掛けられているとすれば、明らかに周囲の人間たちであり、その同調圧力も含めて、日本独特の空気をうまく利用した形の力によって排除されかかっている。こんなことが許されるのであろうか。 会社自体もおかしいし、その周りを取り巻くいくつもの関連会社、隣接する会社、元請け下請けの関係、同じ室内にいる同系列の別会社もある。 ユニオン、労働基準監督署、ハローワークの相談口。どれも力にならないのか。たった一人の最古透(S)のやりたい放題を、どうすることもできないのか。ただ、私自身、判断が鈍っている自覚も実はあるのである。 二〇一九年現在、全米五〇州のうち、非医療用(娯楽使用)の「大麻」を合法としている州は八州ということだ。日本でもヒロポンは、一九五〇年に薬事法で劇薬に指定され、翌五一年に「覚せい剤取締法」が施行されるが、一九四九年の警視庁の発表で、ヒロポン常用者は全国で二八五万人いた。一九五四年になって一五~三〇歳を主に覚醒剤の蔓延調査が行われ、一二万枚回収された結果、八八六五人に使用経験があった、という。時と場所により、常識も合法非合法も変わることは分かってはいる。 ミシェル・フーコーは、『狂気の歴史』(田村俶訳/新潮社)で、「狂気」というものの時代による捉え方の違いに着目した。一七世紀以降に狂気は、社会から不要とされ、「異常」と言われ、隔離されるようになったが、宗教的神話や伝説が物事の基準となっていた中世ルネサンス時代まで、狂気は人々の中に存在し、神懸かった考えを持つ一つの才能とされ、尊い存在とさえ捉えられた。 Sの作る世界にすっかりと長く滞在してしまった今の私の状態は、果たして正常な判断ができるものなのか。 ユニオンに参加して、社内でのおかしな出来事について話すと、権利意識の強い人たちであるゆえもあろうが、「そんな奇妙なことを、大の大人が何も言わずに見過ごしていたり、上司に訴えないなどと言うのは、まともじゃないでしょう」と指摘され、ハッと我に返る瞬間があったように、自分自身、既に判断が狂っているのではないか。 まずおさらいから始める。 現場は七人で、トップは元請けの大手建設子会社の社員で所長(SS)だ。あとの六人は下請け会社T工業の私の同僚で、上から副所長(S)のほか、私(A)も含めた五人(ほかにB・C・Dと渦中のE=以前から登場の「銭さん」)が平の兵隊である。この副所長がいつ副所長になったのかも知らないし、そういう内示はもちろん、本当にそうなのかも疑わしい。会社の上に確かめてもいないということ自体、現場にいる人間の常識が、世間に比べて著しく非常識なのかもしれぬ。 先月辞めた副所長が、会社に「就業規則」を要求したら、送られてきたのは、ページが途中抜けている「歯抜けの就業規則」だった。そこで抗議もせず、その話を皆で「しょうがない会社だ」と諦めていること自体が、私も含めて既にダメな人間たちなのだろう。そしてその曖昧な空間を巧みに利用し、操作してきたのがSであるともいえる。 毎日二人泊まり(二四時間)を三日に一回ずつ組んでいるから、一カ月三〇日で、六人の皆一〇回ずつ勤務する。所長は、毎日昼勤務で、夜勤はやらない。つまり平日の昼は三人、夜は二人、休日は昼夜とも二人という勤務体制である。 来月の勤務表が(現在二四日)まだ出てこない。休日希望を一七日までに締め切られ、これまでの場合は、その翌日には勤務表が出来上がってきていた。新副所長(S)になってから初めてということもあるが、一週間経過の二四日現在出来あがっていないので、(誰でも開ける)パソコン内の勤務表のページを開くと、既に出来上がっている勤務表(二四日五時二〇分との最終表示)があった。 二四時間勤務を二人でするのが、仮眠時間の早い遅いで「一番」と「二番」に分かれている。まだその一番と二番の振り分けができてはいないが、誰が何日に勤務であるかは既に出来あがっている。ところがこれを見ると、Eさんの名前がない。 SとAからDの「全部で五人」しか載っていない。この勤務表を見た銭さんは、当然のごとく怒る。自分の名前がないわけだから。これは嫌がらせなのか。悪ふざけと弁解しても、言い逃れは出来ないのではないか。 ただ、同僚の二人(BとC)にこのことを話しても、「異常」とは捉えず、自分の勤務日数が増えていることに不快を示した程度である。本来は六人の皆が一〇回の勤務なのだが、Sが一人で一五回勤務、私(A)とC・Dが一二回、Bが一一回という勤務となっている。銭さんは名前すら消されている。実は、先週(一七日)から休んでいるFさんがいて、そのFさんについても、所長は、この勤務表を見せた二四日の時点で、「身体が回復して来てくれると良いんだけど」と期待を口にしている。しかし、このFさんも、勤務はもちろん、やはり名前さえ消している。 二四日、遂に勤務表を見る銭さん。所長に直訴すると、「Sさんが来たら確かめてみるけど、五人体制というのは、ウチとの契約違反だから認められないですよ」と答える。 所長から、我が社のテキトー上司に電話が行く。翌朝の八時四五分、銭さんにテキトーから電話がかかってきた。 この行為がパワハラに該当するのではないかという認識はテキトーにはまるでないようだ。テキトーに対してSは、「銭さんが異動するものだと思って、先走りして作った」と答えた。銭さんは、テキトーに対して「やっていることがおかしいのではないか。問題にします」と言ったら電話は切られた。 私と親しかった元同僚(副所長ではない)にメールする。〈犯罪だべ。労働基準局に話ししたらどうでっか〉との返事である。もう一人、前の前の副所長にもメールした。〈第三者機関ですかね。やっていることはパワハラだと思います。〉との返信が来た。 そして銭さんと二人、ユニオンへ向かったのである。 だがその後、結果から書くと、銭さんは負ける。 テキトーのテキトーさによって……。 (建築物管理) |
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