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評者◆殿島三紀
『羊たちの沈黙』も『八つ墓村』もしのぐ殺人鬼――監督 ファティ・アキン『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』
No.3436 ・ 2020年02月22日




■『盗まれたカラヴァッジョ』『パラサイト 半地下の家族』『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』などを観た。
 『盗まれたカラヴァッジョ』。ロベルト・アンドー監督作品。カラヴァッジョは、2週間を絵画制作に費やした後は1~2ヶ月喧嘩に明け暮れたという乱暴者の画家。だが、その作品はイタリアの至宝だ。本作は1969年に起こり、今も未解決のままのカラヴァッジョ作品盗難事件を大胆に推理したミステリー映画。
 『パラサイト』。審査員満場一致で韓国映画としては初めてカンヌ国際映画祭パルムドールに輝き、アカデミー賞でも作品賞を受賞した。ポン・ジュノ監督作品である。室内から歩道を行く人の足を見上げ、雨が降ればトイレから汚水が溢れ出す半地下住宅で暮らす4人家族。そんな彼らが高台の高級住宅に暮らすIT企業の社長の家にパラサイトして……。思わぬ展開に驚かされ続ける。
 『9人の翻訳家』。ミステリー小説「ダ・ヴィンチ・コード」シリーズ第4作出版の際に行われたミッションをもとにレジス・ロワンサル監督がひねりにひねった本作。待望の新作を発表するため、権利を持つ出版社が各国語版をほぼ同時に刊行しようと、9人の翻訳家を幽閉して翻訳させる。だが、思いもかけぬ事件が……。観客は目も耳も頭もフル回転させないことにはついていけない作品だ。
 さて、今回紹介するのはファティ・アキン監督最新作。『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』。彼は作品発表の度に違う顔を見せてくれる。『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)では、自身トルコ系の監督がオスマントルコ帝国によるアルメニア人虐殺をテーマにした。若き巨匠の名にふさわしい壮大な作品だった。『50年後のボクたちは』(16)は2人の男子中学生が笑わせ、泣かせる楽しい映画だったし、『女は二度決断する』(17)ではネオナチによる連続殺人事件を描き、第75回ゴールデングローブ賞を受賞、第70回カンヌ国際映画祭ではダイアン・クルーガーに主演女優賞をもたらした作品だった。ファティ・アキン監督といえば30代でベルリン、カンヌ、ヴェネチアの世界三大映画祭主要賞を受賞したことは耳にタコができるほど聞かされている。この人は一体どこまで巨匠の階段を昇り詰めるのだろうと思っていたし、その映像には安心して浸りきっていた。
 ところが、本作では冒頭から息を呑んだ。薄暗い屋根裏の一室。壁一面にヌード女性のピンナップ写真が貼られ、壁際にはなぜか数体のセルロイド人形。どれもタバコの煙に燻され、べたつく茶色に染まっている。そして、その奥のベッドには荒々しく動く男の裸の臀部。これでもかとばかりに続く激しいシーン――。
 本作は1970年代のハンブルクに実在した連続殺人鬼フリッツ・ホンカの物語である。彼は第二次世界大戦前、ライプツィヒに生まれた。戦後、西独に逃げ、56年からハンブルクに移住。70年から75年までの間に4人の娼婦を殺害、その遺体を切断し、屋根裏の壁穴に隠していた実在の人物だ。
 交通事故で潰れたという歪んだ鼻、どこを見ているのかわからない斜視。性欲の塊でありながら、そのご面相ゆえ女性には相手にされず、彼の言いなりになるのはアル中で初老の売春婦ばかり。いなくなっても気にもとめられない女たち。そして、彼女たちは戦争の影をひきずってもいる。酒をあおり、妄想に耽り、ただ女たちを殺すフリッツ・ホンカ……。
 監督は子どもの頃、悪戯をすると「ホンカが来るよ!」と叱られたという。ホンカは監督の近所に住み、その痕跡を残している実在の人物だ。背後から声をかけられても不思議ではないほど身近な存在だった。ホラー映画というくくりになっているが、いっそのこと、その方が救われる。これが現実であったことが怖い。
 アキン監督が新しく開けた引き出しの中身は期待以上だった。
(フリーライター)







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