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評者◆睡蓮みどり
友情と愛情の間にある最も美しい狭間の色――レオン・レ監督『ソン・ランの響き』、セバスティアン・レリオ監督『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』、ジャスティン・ケリー監督『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』
No.3435 ・ 2020年02月15日




■日々“最低限度の”ルールを守ることで精一杯な私などにとっては、ユダヤ教の厳格な「超正統派」の規律の多さは想像を絶するものだ。男女の役割も明確になっており、男性のほとんどは働かずに経典の研究に人生を費やす。また基本的な考え方として避妊は認められていないこともあり、女性が生涯で産む平均的な子供の数も多い。インターネットやテレビなど、外からの情報に毒されないように、パソコンの前で一日中過ごすなんてこともありえない。もちろん、これは一例に過ぎない。暮らしているうちに、そのような生活に疑問を持ち、去っていく人もいる。その場合はもちろん家族から縁を切られる覚悟だ。
 『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』(2月7日よりヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開)に登場するロニート(レイチェル・ワイズ)もその一人だ。コミュニティを去り、ニューヨークで写真家として働くようになった。人々から尊敬されるラビであった父の訃報を受け、生まれ故郷のイギリスにあるユダヤ教コミュニティに戻る。ロニートは豊かな長い髪を揺らしている。女性が髪を見せることは魅惑するものと考えられており、コミュニティ内では基本的に既婚女性は剃髪するか鬘や帽子で髪を覆い隠す。幼馴染のエスティ(レイチェル・マクアダムス)はこの地にとどまり結婚し、教師として働く。かつてロニートと愛し合った気持ちを封印していたが、再会したことでその気持ちが変わっていないことを突きつけられる。それはロニートにとっても同じだった。ベッドで抱き合い唾液を交わす。深い愛情を持った相手にしか決してしない行為だ。結婚も自由恋愛というわけではないのに、厳格な規律のもと、女性同士の恋愛が許されるはずもない。しかしユダヤ教の聖地イスラエルは中東の中でLGBTQフレンドリーを謳っている。現実にも超正統派の男がゲイパレードを襲撃し死傷者を出す事件も起きた。宗教的な教えと国家の考えとの間に矛盾が垣間見える。
 この映画が描いているのは内側と外側、不自由と自由の二項対立ではない。信仰心は暮らしに根付いており、そこに生活を捧げることは喜びでもある。一方で、教えに反していようとどうすることもできない愛情が存在するのも、どうしようもない事実だ。妻エスティの苦悩に気づいたエスティの夫もまた苦しむ。幸福とは何か、自由とは何かを考え理解しようともがきながら歩み寄り、彼もまたある決意をする。
 ロニートを演じたレイチェル・ワイズは原作となった小説に惚れ込み、企画段階から製作として入った。監督は『ナチュラルウーマン』のセバスティアン・レリオだ。歌手として働くトランスジェンダーのヒロインは恋人の死に直面し、その家族や周囲の人から心無い言葉・暴力・差別を受ける。彼女が強風の中を力強く立つシーンが印象的だ。決まった価値観に縛られずに抗い、自分の内側から溢れ出す感情に価値を見出し、それぞれ生きる道を選ぶという点は今回も共通する。深く静かな愛情に満ち溢れている。

 『ソン・ランの響き』は1980年代のベトナム・サイゴンが舞台。アジア圏において最初に同性婚が認められたのはベトナムである。高利貸しの取り立て屋として働くユン(リエン・ビン・ファット)と演劇カイルオンの俳優として活躍するリン・フン(アイザック)、二人の男が登場する。生きる世界が違う二人だが、劇団に取り立てに行ったことをきっかけに出会い、年の近い二人は立場を超えて互いに惹かれ合ってゆく。お互いにその感情がどんな種類のものであるかを初めて経験したかのような戸惑いと、確信したときの優しい眼差しが艶っぽい。何度も息を飲む美しい瞬間が、劇中劇「ミー・チャウとチャン・トゥイー」で愛し合いながらも引き裂かれる悲しい運命とシンクロする。
 ある日、食堂で絡まれたリン・フンをユンが助けたのをきっかけに、その日二人は古くからの友達のように一緒にテレビゲームに興じる。そしてリン・フンが歌い、ユンがソン・ランを奏で、秘めていた過去を明かす。お互いに魅了され合うあの瞬間、友情と愛情の間にある最も美しい狭間の色を成す。色使いや美術の絶妙なセンスの良さも相まって、キラキラしたアイドル映画とは一味違った何とも言えない哀愁がある。惹かれ合う瞬間にはじまり、距離がぐっと縮まってゆく様には、ため息が思わず漏れてしまう。

 『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(2月14日より新宿シネマカリテ他全国公開)は、違う人物として生きることになった二人の女の物語だ。作家でミュージシャンのローラ(ローラ・ダーン)と、ちょっとボーイッシュな女の子サヴァンナ(クリステン・スチュワート)。2017年に公開されたドキュメンタリー映画『作家、本当のJ・T・リロイ』でも実在しない作家の存在についてスキャンダルな裏側を描いたが、今回は現在アーティストとして活躍するサヴァンナ・クヌープ自身が書き綴った自伝に基づき、その心のうちが明かされる。彼女自身も脚本として参加している。
 決して、男の子になりたいという願望があったわけではない。ひょんなことから兄の恋人ローラに頼まれ男装の写真撮影をアルバイト感覚で引き受け、サヴァンナは金髪の美少年を演じるようになる。多くのセレブや著名人を結果的に“騙した”が、最初からそんな魂胆があったわけではない。決して悪ノリではない。華奢な身体に金髪、サングラスのミステリアスで寡黙な天才美少年を演じるうちに徐々に憑依するような感覚。最初こそローラが演じるおしゃべりなマネージャー・スピーディーが受け答えしていたが、徐々にJ・T・リロイ自身として言葉を持つようになる。違う誰かになることを楽しみ、バランスを取ることは、実は日常の中で程度の差こそあれ多くの人がやっていることかもしれない。ローラは自身の「コンプレックスがリロイを作り上げた」と語る。驚くべきは、J・T・リロイが書いた(ことになっている)小説『サラ、神に背いた少年』を映画化したいという女優兼監督のエヴァ(ダイアン・クルーガー)に本当に恋心を抱いてしまうところだろう。現実にこの小説を監督しサラを演じたアーシア・アルジェントは言わずと知れたイタリアンホラーの巨匠ダリオ・アルジェントの娘だ。最近だと#MeTooでも何かと話題になった。
(女優・文筆家)







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