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評者◆稲賀繁美
文化人類学に学術の潮目と方向転換の兆し?――2019年「読書アンケート」補遺・番外編
No.3434 ・ 2020年02月08日




■学術のありかたが根本的に問い直されねばならない時期を迎えている。端的にいえばそれは現在の社会がもはやかつての右肩上がりの経済発展とは折り合わず、国家の威信といった国民意識の誘導では対処できない時代を迎え、日本列島の人口構成が従来の慣行や仕組みを維持できない衰退期を迎えているからに違いあるまい。そんなことは常識だという反論が返ってきそうだが、どうだろう。オリンピックからノーベル賞に至るまで、ひたすら競争原理を煽り、自国の勝利を待望する――。この共同幻想の亢進が、反作用として無用者や敵対者の切り捨てを是とする感情を、意識の底に植え付ける。やれ「問題発言」だ「背任」だと喚き、弱者庇護を装う偽善者が、匿名の権力と結託して恥知らずに跋扈跳梁する。学者風情もその加担者・共犯者だ。「競争のない平和な社会を作るため、挙って奪おう競争資金」。
 大上段に振りかぶった社会改革は、空しく画餅へと退色する。累積赤字を横目に、国会の予算審議委員会は、財政再建とは無縁の揚げ足取りや醜聞追及に熱中する。民主主義を建前とした世界秩序の末期症状。失望は投票率の下落へ、社会分断は選挙無効訴訟へと雪崩うつ。
 内外の社会的制度疲労はすでに決壊に瀕している。小川さやかの新著『チョンキンマンションのボスは知っている――アングラ経済の人類学』(春秋社)はその裏側の社会を垣間見せる。香港の目抜き通り、弥敦道に面した重慶大楼の奥には、中国と東アフリカとを繋ぐ隠れたインフォーマル経済の地下水脈が脈打ち、不法滞在を余儀なくされたタンザニア出身の人々が逞しくも柔軟に棲息している。遊びと仕事とが無碍に入れ替わる生活感覚は、「働き方改革」という名の不自由な締め付けが亢進するどこかの「文明国」への、痛烈なる意趣返しだろう。
 他者の尊厳といった道徳的配慮や認識論的不可知論に囚われて潔癖性貧血に陥ったフィールド調査にも、再生の兆しが見える。清水貴夫『ブルキナファソを喰う!――アフリカ人類学者の西アフリカ「食」のガイド・ブック』(あいり出版)は、ササゲやスンバラを皮切りにひたすら現地の食事にのめり込む。「西アフリカ「食」のガイド・ブック」と副題に銘打つが、「舌」と「胃」に信頼した「語り」が従来の業績主義をハナから嘲笑う。「人は自らが食するところの者」という諺もあるが、内村鑑三から134年、キリスト教徒とならずアフリカ人類学者となる「半自伝」が反響を呼んだ。
 吉岡乾『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』(創元社)は、一見それとは正反対。体重百キロ超を豪語する清水を後目に、吉川は調査地では3週間で5キロ衰痩が常だと告白する。(フンザの谷を実行支配する)パキスタンのよいところとして「涼しいところに行けば涼しいとか、星が見えるところに行けば星がみえるとか」。その巧まざる文才は鴻巣友季子氏が毎日新聞で絶賛したとおり。すでに新聞各紙ほかで書評も汗牛充棟の話題作だが、カラーシャ語で「なんてこった」を「アバヨー」というと教わって、それが何になるのか。「それが研究である限り、無駄な研究などないのだ。解ってくれ」。そして「遥かなる言葉の旅は、いつだって途中でしかない」。言葉の旅に限らず、人生もまた「いつだって途中でしか」あるまい。だから本書の「はじめに」は、巻末に置かれている。六車由美の著書も『介護民俗学という希望――「すまいるほーむ」の物語』へと変身を遂げた(新潮文庫)。慶賀したい。







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