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評者◆睡蓮みどり
『男と女』は常に更新される新しい映画だ――クロード・ルルーシュ監督『男と女 人生最良の日々』、エリック・バルビエ監督『母との約束、250通の手紙』、中村真夕監督『愛国者に気をつけろ!』
No.3433 ・ 2020年02月01日




■愛の耐え難さと、それでも瞬間的にかつての愛に引き戻されてしまうことは決して矛盾することではない。特にふとした仕草や瞬間的な何かに触発されてしまうことの喜びと胸を締め付ける痛みは、麻薬的とも言えるほどに直接脳に作用する。フランシス・レイの「ダバダバダ~」で始まる「Un homme Et Une femme」とともに呼び起こされるアンヌとジャン・ルイの物語が再び始まると知って、驚きとともに胸が踊った。
 1966年にフランスで大ヒットしたクロード・ルルーシュ監督の映画『男と女』でアヌーク・エーメ演じるアンヌと、ジャン=ルイ・トランティニャン演じるジャン・ルイは、二人とも子どものある身だったが、時間をかけずに恋に落ちる。しかし死別した夫との愛がアンヌの愛にどこかブレーキをかけてしまう。ジャン・ルイも妻と不幸な死別をしており、言葉は多くなくとも、それぞれの記憶が二人を苦しめることが映像で語られる。
 この二人の物語にはいくつかの“続編”があるが、最初の物語でハッピーエンドで終わる「甘すぎる恋」の行方は、20年後の二人が再会する『男と女Ⅱ』で、うまくいかなかったことがわかる。カーレーサーとして活躍するジャン・ルイとスクリプトガールから映画プロデューサーとなったアンヌの活躍ぶりは、意図的に連絡を取らなくとも耳に入る。アンヌは二人の記憶を映画化しようと、自分の娘を主演女優に撮影を開始するが、批判も多く挫折。Ⅱで再会した二人にはそれぞれのパートナーがいて(しかもジャン・ルイの若い恋人は息子の結婚相手の妹というかなり飛んだ設定だ)、それでも出会えば否応無しに惹かれ合う。
 そしてまた長い年月が経ち――。おぼつかない記憶の中で、施設暮らしのジャン・ルイの姿がある。アンヌはいない。あのハッピーエンドの後、二人はまた結局は別れて一緒になれなかったのだ。あやふやな父の記憶に刺激を与えたいと息子がアンヌを探し出す。目の前に現れたアンヌの姿に、「かつてあなたによく似ている人を愛した」と語るジャン・ルイ。アンヌが誰かと気づいていなくても、アンヌの息を漏らすような声も髪をかきあげる仕草も変わっておらず、また彼の悪戯っぽい笑顔は紛れもなく変わっていない。
 この作品でも、劇中何度も最初の映画の記憶――つまりそれは彼らの記憶でもあり、同時に私たちの記憶ともなったあの甘美で激しくも切ない愛の記憶――が呼び起こされる。単に時間経過の先にある続きの物語ではなく、今では危うくなった記憶(映画への記憶も同じだ)の中で、常に『男と女』は更新されている新しい映画なのだと知る。時には記憶の正しさだけが大事なわけではなく、一瞬に身をゆだねたくなるような永遠の映画にため息が漏れる。やはりこの映画はいつだってハッピーエンドなのだ。

 二度のゴンクール賞受賞作家、フランス大使、ジーン・セバーグの夫、映画監督、と華々しい経歴を持つロマン・ガリ。『母との約束、250通の手紙』(エリック・バルビエ監督、1月31日より新宿ピカデリー他全国公開)の冒頭、彼は小説を書いている。タイトルは『夜明けの約束』(邦訳、共和国)。彼を女手一つで育ててくれた母ニナの愛を描いた自伝的な小説だ。モスクワ生まれのユダヤ系の彼に何とかフランス国籍を取得させ、ゆくゆくは偉大な人間になることを信じて疑わない母の過剰なまでの息子への期待とプレッシャーは、いかにしてロマン・ガリという人間を生み出したのか。
 ロマン・ガリをピエール・ニネ、母のニナをシャルロッ
ト・ゲンズブールが演じる。ニナは病気を患い入院するが、息子に手紙を送り続ける。その異常なほどの期待と厳しさは、しかし戦中でどんなに辛いことに直面しようともめげずに小説を書き続ける糧にもなる。ロマンは劇中ささやかに母親に反抗する場面があるものの、反抗心が彼を強くするわけではない。それどころか母親の言葉を咀嚼し、自分の中で大切に育て上げるように、自己のうちに膨らませていくのだ。母の言葉の数々は、息子を思って心の底から出てくる言葉だということを彼は最初のうちから認めているのだろう。見知らぬ愛の深さに感動すると同時に、激しい愛ゆえにもう他のどんな愛情も霞んで見えてしまう悲しみが映る。劇中には描かれないが、ロマン・ガリは最期自らの頭を拳銃で打ち抜く。それでも深い愛に取り憑かれてしまうことが不幸だなんて、決して軽々しく言えるわけがない。

 政治活動家、元「一水会」最高顧問、プロレス評論家、現在でもロフトを中心に様々なイベントで活躍する鈴木邦男を主人公にしたドキュメタリー作品『愛国者に気をつけろ!』(中村真夕監督、2月1日よりポレポレ東中野ほか全国公開)。映画は多彩な顔を持つ彼の人柄の魅力に迫ると同時に、彼の言葉と彼を語る言葉とで輪郭とその核を浮き上がらせる。最近の鈴木さんに直接お会いしたこともあるが、過激な人だという印象を持ったことはない。愛国心というものが未だによくわからない私からすると、やはりなぜそもそも愛国心が芽生え、さらにはその立ち位置を貫いて生きていくのかは非常に気になるところだった。三島由紀夫とともに自決した早稲田大学の後輩の話が劇中登場する。そのときに「罪悪感」という言葉を口にするのには驚かされた。また「批判する精神と同時に批判される精神を大切にしたい」と語った鈴木さんの静かなる覚悟と器の大きさにどきりとさせられた。連日ゲストを招いてトークショーが行われるようなので、鈴木さんの一刻も早い体調回復を願う。
(女優・文筆家)







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