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評者◆睡蓮みどり
文学を愛する純粋な気持ち――レジス・ロワンサル監督『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』、近浦啓監督『コンプリシティ 優しい共犯』、アンシュル・チョウハン監督『東京不穏詩』
No.3430 ・ 2020年01月11日




■あけましておめでとうございます。昨年もいろいろありましたが一応、何とか本厄というものも切り抜けられたようです。本厄の後には後厄が待っているらしいけれども……。さて、ずっと頭の中にあったものの、どう書いていいかわからなかった映画『童貞。をプロデュース』を巡る問題についてちょっと。12年前に松江哲明監督が撮って以降、毎年イベント上映されていたのだが、2017年の池袋シネマロサでの上映後に、出演者の加賀賢三さん自身が受けた苦しみとして同じことを松江監督に舞台挨拶上で「強要」するという「事件」が起こった。その様子は今もネット上で見ることができ、あまりにも悲痛な訴えから正直目を背けたくなるほどだ。ただこの出来事の後しばらくは何やら触れがたいこととしてほとんどの人が口にしなかった。しかし加賀賢三さんが「現場で強制的にAV女優に口淫された」として、そのことに対する告白をライターの藤本洋輔さんがインタビューしていて、映画界界隈でもそのことをどう受け止め、今後どうするのかが問われている。私はテーマ自体への苦手意識もあって、公開当時この作品を見ていなかったし、出演者の意向もあり、ソフト化はされておらず今現在も見ていない。そんなわけで語る資格がないといえばない。
 経緯の詳細は是非とも藤本さんの記事を読んでいただきたいのだが、この作品に不幸にも起こってしまったこと、12年経ってようやく語られたことへの意義とは何かについてずっと考えていた。大勢の人たちに囲まれ圧力をかけられながら、悪ノリに乗らなければ空気の読めないつまらない奴と判を押されかねないその状況で、瞬間的に何が正しいのか判断することは非常に難しい。判断など簡単に鈍るし、自分自身が何を思っているのかさえ明確にするのは、実はたやすいことではない。そのような感情に時差があるのは、むしろ至極当然のこと。私たちは必要以上に他人を監視しあったり、悪とみなしたものを好き勝手に裁くような過剰な正義感にとらわれることなどするべきではないけれど、他者の感情を決めつけるような傲慢な人間にはやはりなるべきではない。少なくともそうはなりたくない。どうしてもこのことを書いておかないと今年も新たに映画のことを語るべきではないように感じた。とはいえまだまだ足りず。引き続き考えながら映画作品と映画を取り巻く状況と世界の状況について考えていきたいと思います。

 さて、本年度の新作は、パンチの効いたミステリー映画から。大ヒット小説『ダ・ヴィンチ・コード』出版の舞台裏で起こったことに着想を得た至極のミステリー『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』。小説『デダリュス』の完結編の出版権を取得したアングストローム(ランベール・ウィルソン)の元に、様々な思いを秘めた9人の翻訳家たちが集められる。利益優先型の出版社としては同時に9ヶ国語で発表するプロモーションを仕掛けたい。十分に整えられた環境とはいえ、翻訳する場所、時間は制限され、外部との接触も断たれ、徹底してその生活は管理されている。ところが原稿の一部がネット上に流失し、さらにはアングストロームに脅しのメールが入る。原作者とアングストロームしか知らないはずなのになぜそんなことが可能なのか。疑われた9人の翻訳家たちは互いに疑いの目を向けあうようになる。観るものを挑発する心理戦、ネット環境がないことを逆手に取った閉塞感と緊張感がほとばしる。それゆえに、謎解きには酸素の薄いところから外に出て思いっきり新鮮な空気を吸い込んだような爽快感がある。そして明かされる犯人の動機が非常にニクい。思わず涙ぐんでしまった。文学を愛する純粋な気持ちは誰にも踏みにじることができない。
 『コンプリシティ 優しい共犯』は技能実習生として中国からやってきた青年チャン・リャン(ルー・ユーライ)が、過酷な状況から他人になりすまして不法滞在者となり、蕎麦職人・弘(藤竜也)と出会う物語。技能実習制度は1993年より日本で始まった。日本に来る前のブローカーへの借金、労働環境状態の劣悪さ、想像以上に安い賃金、差別や偏見、生活環境の不整備等いまだに問題点は多く、逃亡する人が後を絶たない。この映画は、近浦啓監督と中国出身のプロデューサー、フー・ウェイによる日中合作映画だ。問題自体が日本国内の問題にとどまらず、また主人公の青年における状況や感情は国境を越えて多くの若者の苦しみと共鳴するところがあるだろう。また、藤竜也さん演じる弘の語る一つ一つの言葉の溝に潜んだ力強さと優しさがこんなにも響いてくることに、私自身が驚かされた。その言葉がチャン・リャンに伝わっていくのは画面越しにももちろん伝わるのだが、なぜか直接自分自身に語りかけられているような、不思議な感覚に陥っていたのだ。弘のような人物を必要としているのは主人公だけではないのかもしれない。
 東京を舞台に、インド出身のアンシュル・チョウハン監督が描き出した『東京不穏詩』。2011年から日本に住んでいるという監督が見出した東京の姿は、自由という幻想のなかでどこまでも孤独で閉塞感のある場所だった。主人公のジュン(飯島珠奈)は女優志望でホステスとして働いている。恋人からの裏切りにあい、身も心も傷を負った彼女はかつて捨てたはずの田舎へと戻る。しかし、東京という街が追いかけてくるかのように、田舎に戻っても居場所がない。いや、追いかけてくるのは自分の過去なのか。まるで傷つくことに慣れてしまったようなシニカルな彼女の表情だが、苛立ちの鋭さの裏にはそれでもこの状況から脱したいと切に願う小さな光が宿っている。この光がどうか消えないようにと願うことしかできなくて、ひどく胸が締め付けられた。
(女優・文筆家)







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