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評者◆ぽんきち
「広島」を描き語る女性たちの描き方・語り方
この世界の片隅を生きる――広島の女たち
堀和恵
No.3417 ・ 2019年10月05日




■2016年秋、映画『この世界の片隅に』が公開され、ヒットした。2009年に完結したこうの史代のコミックを原作とし、クラウドファンディングで制作された映画である。若者を含め、多くの人の共感を呼んだのは何だったのか。本書は、この物語を軸に、広島を描き、あるいは広島について語る女性たちを取り上げ、それぞれの背景を丁寧に探っていく。
 こうの原作の『この世界の片隅に』と、よく似たタイトルの新書がある。『この世界の片隅で』。1965年、山代巴が編集した「広島研究の会」による、市井の被爆者の声を集めたルポルタージュ集である。こうのの別の代表作に『夕凪の街 桜の国』があるが、戦中・戦後に『夕凪の街と人と』『桜の国』と題する小説を書いていた女流作家、大田洋子がいる。山代も大田も、広島に生まれた作家で、原爆に関する著作を残している。こうのの作品は、彼らの作品を想起させるタイトルを持っていても、内容的には彼女たちの作品とはまったく別物である。
 山代巴は1912年(明治45年)生まれ。山代は当初、絵の道を目指していた。だが家は山代の幼少時に家業に失敗して没落し、貧しかった。パトロンがいなければ生活が難しい状況で、女性が画業を貫くことは時代の潮流的にも困難であった。画家への道を断念した山代は、美術学校を中退し、代わりに受講料が安価なプロレタリア美術研究所で絵を描き続け、後、共産党に入党する。ここで伴侶も得るが、1940年、夫ともども治安維持法違反で投獄される。この際、女囚らのさまざまな人生に触れ、深い感銘を受ける。家制度や苦界の枷に苦しみ、はみだして生きるほかない者が多かったのだ。この経験を元に、「無力な農婦」や「文字を持たぬ詩人」の傍らに立ち、その言葉を世に伝えるものになろうと決意する。山代は作家然として書斎にこもるタイプではなく、人々の中に出て行って、その語りを引き出すやさしさと粘り強さを持っていた。こうした、市井の人々の言葉を聞き取り、語る姿勢が、後に「広島研究の会」の活動にもつながっていく。
 一方の大田洋子は、幼いころから文学少女だった。才能に恵まれ、詩や短歌が新聞に載ることもあった。女性だけの文芸総合誌の巻頭を飾るような作品も書き、雑誌の主催者である長谷川時雨(cf‥『兵士のアイドル』)にも目を掛けられていた。しかし、その雑誌も経済的な理由で廃刊されてしまうと原稿の依頼もなく、大田は欝々とした日々を送る。遂には別の筆名で懸賞小説に応募するほどになった。どうにか流行作家の一員となったものの、戦時には発表の場もなくなる。昭和20年8月6日、大田は東京から郷里に疎開していた。そこで目の当たりにした光景を、大田は凄まじい集中力で作品にしていく。戦前までは恋愛小説を書いていたのが、この日を境に原爆を書く作家となったのだ。しかし、原爆に向き合うことは精神的にも負担の多いことだった。悲惨な記憶を呼び起こし、激しい怒りを込めて書き綴る。山代とは異なり、大田は自身の内面を見つめて書く作家だった。行動の人ではなかったのである。当初は賞讃されていた「原爆」という題材も、やがて「それしか書けないのか」と白眼視されるようになっていく。原水爆禁止運動の波が高まるにつれ、原爆文学は飲まれてしまったかのようだった。大田は孤独な戦いを続ける。しかしその心労が身体も蝕んでいたのか、旅先で心臓発作で亡くなる。
 こうのはこうした先人のどちらとも違うタイプの創作者である。もちろん、漫画という手法も違うが、そのスタンスは、戦争と真っ向からぶつかるというよりも、日常を描くことであぶり出す形を取る。山代に対しても大田に対しても敬意を払いつつ、同じやり方は取らない。それはこうののスタイルではないのだ。本書の著者はそれを「やわらかさ」と言う。
 著者はこうのの著作や対談、インタビューを丹念に読み解く。例えばこうした言葉だ。「ひとりのひとが描いたものは、決まったひとにしか届かないんですよ。戦争はみんなが背負うべき課題で、それをみんながちょっとずつ、手が空いているときに背負えば、たくさんの作品も出るし、たくさんのひとに届く」と。
 それぞれのやり方で、それぞれの言葉で。みんなが少しずつ考えていけばよい。こうした発想は、平和についての語り方を大きく広げることだろう。
 本書では、3人の作家のほかに、被爆者と、語り部活動を引き継ぐ若き担い手も紹介する。被爆者である早志百合子は、長田新が編纂した体験作文集『原爆の子』に作品を寄せ、映画『ひろしま』にも出演した。早志は被爆者の団体の対立も見てきた。いわゆる「語り部」として活動を積極的にしてきたわけでもない。壇上に上がって大勢の前で話をすることには違和感があったが、伝えたい気持ちは強い。親密にゆっくりと若い人たちに伝えたいと願っている。若い世代の保田麻友は、とうろう流しを手伝う活動から発展して、伝承者としての活動も始めた。保田が大切にしているのは、「受け身」で話を聞くだけでなく、「自分にとってのリアル」を大切にし、活動に「参加」していくことだという。そうした2人にもこうのの作品は強く確かに届いている。それぞれのやり方、それぞれの語りで。それを励まし、支持する力がそこにはある。
 こうののファンにも、原爆や平和について考えたい人にも、新たな視点をくれる1冊である。







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