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評者◆殿島三紀
ドキュメンタリーとは一味違う迫真性を持ったフィクション――監督 ナディーン・ラバキー『存在のない子供たち』
No.3409 ・ 2019年07月27日




■『アマンダと僕』『ニューヨーク最高の訳あり物件』などを観た。
 『アマンダと僕』。日本では初めての劇場公開作となったミカエル・アース監督作品。脚本も担当している。最近、日本でも痛ましい事故や事件が続いているが、映画の舞台は夏のパリ。普通に暮らす母子と若い叔父を悲劇が襲った。事故や事件はどこで起きるかわからないし、防ぎようがない。本作では公園での無差別テロだった。映画は叔父と姪の悲劇とそこからの再生を描く。姉を失った若い叔父と母を失った幼い姪はどんな決断をするのだろうか。
 『ニューヨーク最高の訳あり物件』。資産家で女好きの元夫と元妻二人の間で起こる三角関係コメディ。なんと監督は『ハンナ・アーレント』のマルガレーテ・フォン・トロッタ監督だ。社会派のお堅い監督が70歳を過ぎて挑戦した初のコメディ映画。とはいえ、子育て、キャリア、パートナーの存在、老後の資産等々、女性ならずとも避けては通れない部分を問いかけてくるところは社会派監督ならではか。ちょっとこわばったお笑いがなんとなく微笑ましい。
 さて、今回紹介する新作映画は『存在のない子供たち』。(推定)12歳の少年が法廷で裁判官から「君は誰を訴えるのか?」と訊かれる。少年「僕を産んだ罪で両親を訴えます」――。
 この衝撃的な冒頭シーンに先ずがっつりと掴えられる。主人公ゼインの力強い視線と細い肩を強張らせた姿に鋭く射貫かれる。少年の年齢が推定となっているのは、貧しい両親が彼の出生届を提出せず、生年月日がわからないから。ゼインは存在しながら存在していない子供なのだ。本作は目を疑うような中東の貧困と移民の問題を12歳の子供の眼を通して描いた衝撃作だが、同時に、愛に溢れた感動的な作品である。
 監督はレバノン生まれ、レバノン育ちのナディーン・ラバキー。監督・脚本・主演を務めた『キャラメル』(07)で鮮烈なデビューを飾った。『キャラメル』も凄かったが、本作は更に突き抜けている。監督として活躍するのみならず、その美貌から女優としても多くの作品に出演する彼女。本作でも主人公の少年についた弁護士として出演する。
 撮影にあたって、監督は貧困地域、拘置所、少年刑務所を訪れ、3年に及ぶ綿密なリサーチを重ねた。その間に見たことや経験したことを作品に盛り込み、フィクションとして仕上げている。フィクションではあるが、中東全体が内包する問題を抉り出し、つきつけてくるドキュメンタリーのようにも見える。だが、なにより本作に現実味を与えるのは出演者のほとんどが映画初出演の素人であること。俳優はナディーン・ラバキー監督以外全員がずぶの素人である。迫真の演技で感動させてくれた主人公のゼイン少年も、彼を助けたエチオピア移民のラヒルも役柄と同じような体験を持つ難民であり、移民だ。
 監督の演出法は、作品の中で彼らが体験するできごとを自分だったらどう受け止めるか、過去どうやってそれらを切り抜けてきたか、つまり、役として演じさせるのではなく、自分自身を生きさせ、感情をありのままに出させるというもの。だから、フィクションとはいえ、とても強いリアリティに満ちている。
 ゼインを演じた少年も、彼が面倒を見ることになる赤ん坊のヨナスも可愛く、小さな名優だった。彼らの実人生とストーリー中の人生がひとつになり、ドキュメンタリーとは違った迫真性を持っているのだ。人身売買のような結婚。救いのない暮らしの中で子どもを作るしか能がない両親。こぶしを振り上げてもそのこぶしをどこに向かって打ちつければいいのか、わからなくなるのだが、決して悲しく暗い映画ではない。ラストのゼインの笑顔に思わず「良かったね」と話しかけてしまった。
(フリーライター)







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