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評者◆小嵐九八郎
詩を作る人や小説を書く人には刺激的――加藤正人著『凪待ち』(本体一七〇〇円、キノブックス)
No.3404 ・ 2019年06月22日




■週刊誌の記者をやっている娘が「香取慎吾主演の映画『凪待ち』を待ちきれないので、その脚本を書いた人の同じタイトルの小説を読んだら、面白い、悲しい、感動なんぜぇ。親父も読んで勉強したらぁ?」と言った。
 表紙を見ると『凪待ち』はキノブックスから出版され、本体1700円。へぇ、書いた人はあの加藤正人さん。あの、と指示代名詞を使うのは、当方が『雪に願うこと』、『クライマーズ・ハイ』、『孤高のメス』などの映画を見て「こりゃ凄え」と感じ入った脚本を書いた人だからだ。それらの脚本は主に海外で評価されてきた。
 読む前に、あるカルチャーセンターのテキスト用のジャン・ジュネの『泥棒日記』のぎっしり活字が詰まった半端な“悪の道”を読んでうんざりしたせいか、この『凪待ち』の文の簡潔なのに思いが煮詰まった心象風景、リズム、自然描写に嵌ってしまった。例えば、この小説はギャンブルの魅力から脱け出られないのが一つの大きなテーマなのだが「競輪はギャンブラーの墓場だ」と言わせる文が出てくる。俺は文章的な美しさはノサカ、おっと、もう通用しないだろうか野坂昭如の『エロ事師たち』に出てくるような、くねくねして、どこが主語か述語か定かでないような、しかし、日本の中で東北弁と双璧の“あんまり美しくない”言語の河内弁などを昇華させた言葉の連なりにあると思っている。ま、『エロ事師たち』は性の虚無がテーマなので、照れがあんな文章になったのだろうが、加藤正人さんの方は詩以上にぐさりときて、その表現力に脱帽してしまった。
 当たり前、映画のシナリオで人物造形は生命線と推し測るが、主人公の陰影、主人公の友人の燥ぎと裏、主人公の愛する女の父、女の前夫との間の娘は、映像的というよりは小説的に迫ってくる。心理描写の力が大きい。
 常識的に考えてしまう映画のストーリーやテンポとは異なり、主人公の“暗さ”も、分厚い泥炭みたいに描かれている。
 詩を作る人や小説を書く人には刺激的である。唯一の「待てえ」は、この小説を読むと競輪をやりたくなってしまうところか。







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