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評者◆凪一木
その2 事故を起こす
No.3403 ・ 2019年06月15日




■事故を起こした話を書く。
 ドン! 爆発だ。
 ボイラーである。
 交通事故ならば何度も経験していた。私の車の運転は荒かった。その程度の事故なら慌てることなどない。だが、産業事故というようなものに、まさか自らが遭遇、いや当事者となるとは思いもしなかった。
 呑気に構えて書く話でもないが、はっきり言うと火事だ。故障中のボイラーを運転したら、火を噴いた。火事は私にとって縁がある。小学六年の時に自宅が燃えた。町の真ん中に目立って建っていた家だったので、町じゅうの人々が集まり、私が火の中をくぐって飛び出ていくと、ごった返す観衆の前だった。その数年後に、従弟が自らの火事で亡くなった。従弟は結婚式を控えていた。火事は、鬼門だった。火は吹いても、非は「ほぼ」私にはない。
 この「ほぼ」というところが、非常にこの業界、あるいはこの世の中の難しいところである。起こしたのは勤務先の大学だ。私が大学で教えているわけではなく、大学のあるビルの管理をしている。「ビルメンテナンス」という仕事だ。イメージがすぐに浮かぶ人はあまりいないはずだ。実は全国に一〇〇万人いる。ビルディング、つまり鉄筋コンクリートなどでつくった中・高層の建物をメンテナンス、すなわち管理する仕事だ。ビル管理とも呼ばれる。いずれ詳しく書く。
 直接の雇用かというとそうではない。大学の下に医療メディカル(仮名)という子会社があり、そこが大学病院を中心に大学や大学院、職員宿舎などの管理をし、その下請けとして横浜ビルパートナーズ(仮名)とワールド警備保障(仮名)という会社が入り、ビル管理を任されているわけだ。私はその下請け側の新入り社員であった。
 職場には全部でボイラーが五台あり、冷凍機や冷温水発生器などの操作がメインで、管球交換その他の病院独特の酸素交換やベッドや車椅子の修理、病室、手術室などの温度調整といった面倒くさいことが多く、安定機交換等かなり難しいこともさせられている。簡単な現場ではやらない。
 ビル管理マンとして勤める前に、私は「学校」に通っていた。学校時代の同窓生で、ビル管会社に卒業後いちはやく入社し、順調に行っていたのに、「好事魔多し」で、半年後、お茶の水で電車に跳ねられて、このとき入院している男もいて、その矢先に、やっとビル管に入社できた別の友人の死があり、その直後に私の事故であった。
 ビル管理は、一見何事もないように見えるのだが、実はブラックで過酷な世界である。
 事故の前日までは、二台ある冷温水発生機のうち、暖房から冷房使用に切り替えた二号機のみを運転していた。事故当日より「一号機を運転しろ」との指示が上司よりあった。職場に母親を連れてくるようなマザコン男で偏執狂的なパワハラをする。マザコンの役職は中央監視室室長代理だが、室長自体は室内にはおらず、というよりも、最初の面談からしてマザコンのみであり、入社後八カ月が過ぎた事故当時、未だに私は一度も顔を合わせていない。それゆえ、室長は名前しか知らない。つまりは、マザコンは事実上の室長であり、かつその男の指示でその「ボイラー点火」を私は行った。
 朝七時三〇分にいつもの通り一号機を運転し、故障ランプが点かなかったので中央監視室に戻り、「一号機は大丈夫なのか」と不安をもう一人の宿直者と話していたら、電話が鳴る。
 「火災警報」が出ていると大学事務室からの電話だ。現場に駆けつけた。上司の指示ミスもあったわけだが、その時、私がもう少し周囲の確認を怠っていなければ、起きなかった事故でもあると言われると、それはそうであろう。
 事故前日の夕方にマザコンより指示があり、夜の一八時三〇分、マザコンの帰り際に、(指示内容が)不安だったのでもう一度念押しで確認した。この模様は、同じ宿直の男も見ているし、聞いている。かつまた納得している。このとき、マザコンからは「一号機を付けて良い。ただし(しばらく回していないから)故障ランプがついたら、止めて二号機の方を運転してくれ。一号機二号機ともに運転しないという状態だけはナシにしてくれ」と言われた。
 まあ、この話はこの辺に留めておこう、事実関係を詳しく書いても詰まらない内容であり、恨みを晴らしたいわけでもない。私の側からの一方的な言い分と取られても面白くない。言いたいのは、事故さえも「嵌められる」世界であるということだ。
 事実、この現場での初日の朝会で目にしたのは、「昨日コックをひねったのは誰だ」と怒号が飛んでいた。「誰だか分かっているんだぞ」。そう言われた男に、初日私は仕事を教わったのだが、翌日「長らくお世話になりました」と突然辞めたのがその人だった。彼は明らかに「嵌められて」いた。
 結局、被害損害は、冷温水発生機(大型冷凍機とボイラーを組み合わせた機械)自体に加え、一〇個の煙感知機と二個の熱感知器をダメにした程度だった。問題はもっと複雑なところにあり、その日の空調が二号館三号館にまわらず、大学の授業自体を休校にしたり、余波で病院棟でも揉め事が起きたその賠償請求や、下請け契約の解除がなされるかということだ。そうなると、私のせいで仕事(契約)が切られたということになり、さらなる禍根を生むわけだ。解雇などもされる。
 「マザコンの指示」の部分が、口でのやり取りで、証拠はない。私の独断で行ったということにされる可能性もある。翌日、マザコンに二人きりで呼ばれて、なんと「お前が一人でやったことにしろ」と言われた。馬鹿かよ。しかし、気の弱い奴であれば、マザコンのやり口に飲まれるだろう。「怖い」からだ。それほどに、恐怖で支配されていた。
 事故の起きたその現場では、マザコンが、かつてビルの五階まで「いじめ」で、虚弱体質の男に三〇キロの荷物を手で運ばせて、その後に亡くなったという当人も周囲も認めている話がある。
 よくもまあ、事故や死人が出ながら、こんな奴らが、尤もらしく、管理しているビルでもって二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックを迎えるものだというのは、今現在のビルメン全員が持っている感想だ。理由は明白だ。
 いずれ、この連載で明らかになっていくだろう。
(建築物管理)







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