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評者◆高橋宏幸
東南アジアの未完の運動――今年2月に開催された「TPAM」ディレクションから
No.3402 ・ 2019年06月08日




■マルクス主義をはじめとして、左翼運動を未完のプロジェクトと呼んだり、アップデートさせてver.2.0を付けたりすることは、まだ運動は終わっていない、もしくは新しい段階にあるのか。どちらにしろ、マルクス主義の可能性を問うことだろう。では、マルクス主義とアートの場合はどうか。20世紀のアヴァンギャルド芸術が夢見た未完のプロジェクトなのか、それとも現在の言葉ならば、なんとなく、リベラルなソーシャリー・エンゲイジド・アートと呼ばれる形態になるのだろうか。
 毎年、「TPAM」と呼ばれる国際舞台芸術ミーティングが横浜で開催される。主にプロデューサーやアーティストなど舞台関係者のミーティングが中心だが、「TPAMディレクション」という、主催者や委託されたディレクターたちが選定した作品もある。ここ数年は、東アジアや東南アジアの作品が中心になっている。とくに今回は、テーマとして謳われてはいないものの、東南アジアの歴史におけるマルクス主義の影響を描いた作品が並んだ。それは国際共産主義の運動がネイションを超える可能性をもっていたこと、そして未完となった、もしくは潰えた後に残った歴史が問われる。
 たとえば、マラヤ共産党と戦時期の中心的人物を描いた『神秘のライ・テク』。シンガポールを拠点に、世界的に活躍する美術作家であるホー・ツーニェンの映像インスタレーションだ。マラヤ共産党は第二次大戦以前に、南洋共産党として中国共産党の支援をうけて結成された。抗日戦争、戦後の武装闘争路線を経て、マレーシア、タイ、シンガポールなど周辺地域に影響をもち、1989年に解党した。これは、戦中、その党の書記長でありながら、日本軍のスパイでもあったライ・テクの物語だ。戦後にライ・テクはマラヤ共産党から除名、死刑判決をうける。日本軍へのスパイだけでなく、イギリスやフランスなど二重、三重スパイと言われた彼の実像はどこにあったのか。
 舞台はいたってシンプルだ。暗い空間のなかで、カーテンとその向こうに一体の人物像が鎮座する。そこにプロジェクターで映像があてられる。たとえば、冒頭では実際のカーテンに、何重ものカーテンが開く映像がある。めくっても真実の姿が見えないライ・テクのメタファーのようだ。やがてカーテンが開き、像に投影される映像は、微細な表情が浮かぶような精緻さを極めている。解党後に進んだ研究をもってしても、いまだ謎が残るライ・テクの物語が、マラヤ共産党の歴史を透かして語られる。東南アジアにおける国際共産主義の歴史のうねりのなかで、翻弄された党と個人が問われる。
 他の作品でも同様なモチーフがある。マレーシアのファイヴ・アーツ・センターが制作する『仮構の歴史』という作品も、マラヤ共産党に関係する。まだ、ワーク・イン・プログレスでの上演だが、その内容は非常に興味深い。実際に未完であるマラヤ共産党についてのドキュメンタリー映画と、マレーシアで起こる歴史教科書をつくる動き。その二つをベースに、今日の世代のアーティストたちがシンプルに課題を語り、ときに感傷的な音楽を入れ込み、歴史を検証する。
 たとえば、その映画の一部がスクリーンに映される。マラヤ共産党は最終的にタイとの国境付近で活動して解党した。いまや一般人である、かつての兵士たちへのインタビューから党のゲリラ活動が垣間みえる。日本が占領していた時期の抵抗運動、イギリスからの植民地解放運動、その後のゲリラとしての武装闘争も含まれる。そしてもう一方の歴史の教科書をつくるためのシーンは、とくに印象的だ。映像で映される一般市民を交えての公開討論会では、白熱した議論が巻き起こる。マラヤ共産党をどのように歴史に位置付けるのか。それはまだ歴史が終わっていない。もしくは、若い国家だからこそ、現代史という歴史が、権力の磁場となることを示している。そこには、日本を含めて頻繁に語られた、欧米の「歴史の終わり」などという言葉は、はるか後景に退く。
 かつて、東南アジアが第三世界の可能性として注目をあびた時期がある。それは、多様なる民族、宗教、開発独裁の政治など、いくつもの問題を抱えて、かすれたことは否めない。しかし、他の作品では、マレーシアの14回目の総選挙に実際に立候補して当選したアーティスト、ファーミ・ファジーを描く、ファーミ・ファジール+山下残の『GE14』など、マレーシアの政権交代に代表されるように、まだ希望は灯り続けている。少なくとも、今時このような作品たちが一堂に会することに意義がある。







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