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評者◆秋竜山
漫画とは考える画である、の巻
No.3395 ・ 2019年04月13日




■今も昔も変わりはないことだが、旅行した先々でスケッチなどしていると、必ずといっていいくらいに背後に立つ人を感ずる。はじめの内はドキドキしたものだが図々しくなり、気にもしないでスケッチを続けている。いろんな人が後ろで私の描いているスケッチ・ブックの画をながめている。黙ってながめている人もいれば、言葉をかけてくる人もいる。その言葉というのが、「画を描いているんですか?」である。実にあたり前の質問のようなものであるが、声をかけるきっかけの一言として一番ぶなんな言葉のなげかけだろう。あいさつとでもいおうか。声をかけられて黙っているのも悪いと思うから「ハイ」と、答える。すると、十人中十人が同じことをいう。「油絵ですか」。なぜ、油絵なのか、考える必要もなかろう。一般的に画といえば油絵と映っているからだ。私は、めんどくさい時は「ハイ」と、答える。その人は通行人であり、ちょっと立ち止まって声をかけたのであるが、私としては仕事中である。道を歩いていて、わきに雑草がある。それを、たとえ小型のスケッチ・ブックにスケッチをはじめたとしても、仕事であることは間違いないのである。「油絵ですか?」と、きかれて、私は「ハイ」と、答え、続けて、「漫画です」と、いう。すると、変な無言がただよう。もし私が「ハイ、油絵です」と、答えたとしたら、さもありなんとばかりになるところだが、「漫画です」と、答えられると、馬鹿にされたように思えたのか、そこを立ち去るのである。私は本当のことをいったまでのことであるが、悪いことをいったような気分になってしまう。だからといって、漫画といった後、ハイ油絵もやってます!! なんて、いったら余計に馬鹿にしているように思われはしまいかとなってしまうのである。「アア、むづかしくて、めんどくさいことだ」と、私は思ってしまうものの小心者ゆえに、「スミマセン」と、あやまりたい気持である。漫画と油絵の違いはどのようなものであるか。説明するまでもなかろう。油絵は芸術であり、漫画はなんだろう。一般的になんだろう。と、しかいえない。
 外山滋比古『「考える頭」のつくり方』(PHP文庫、本体六二〇円)で、面白いことが書かれてあった。
 〈いまの学生は、自分でものを考えるということがどういうことなのか、よく理解できていない。〉〈口ではよく「考える」ということばを使っているが、「……と思う」とか「……だろう」と言うときに、「考える」と言っているにすぎない。〉〈知識では、答えはひとつしかない。だが、自分で考えることには、好きなだけ答えを出すことができる。だからあまり勉強しないほうが、おもしろいものができたりする。〉(本書より)
 漫画(一コマ、四コマ物)は99%がアイデアであって残りの1%が画(漫画の画)であるといっていいくらいに、アイデアに力をそそがれている(だろうと、思う)。漫画とは考える画である。笑いは考えての動作である。笑えるか笑えないか、アイデアによってである。そのアイデアを考えるということは、あまり勉強しないほうがよい、と私は解釈したのである。「漫画です」と、いわれて馬鹿にされたと、もし思われたとしたら、漫画というものは、そういうものですと、言葉をつけくわえたいものであるが、「いい加減にしろ」と叱られそうでもある。







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