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評者◆あれも世間、これも世間、の巻
秋竜山
No.3377 ・ 2018年12月01日




■深夜の公園。暗やみの中で新聞の取りっこ。真冬の風はつめたい。それも、世間の風となると特別つめたい。うばい取った新聞はフトンになる。そのフトンをかけて、うっかり眠ってしまっては、その間に誰かにはぎ取られてしまう。昔、夜がつめたい、心がさむい……なんて歌があった。白取春彦『「考える力」トレーニング――頭の中の整理法からアイデアの作り方』(三笠書房知的生きかた文庫、本体六〇〇円)に、「世間」と、いう言葉が出てくる。世間という言葉には、どーしても「世間は、甘くはない」というイメージが、つきまとう。「アア、あれも一生、これも一生」と、いう歌舞伎の名セリフがあるが、「あれも世間、これも世間」と、いうことか。
 〈人間というものはおかしなもので、言葉があると、それが指し示す存在があると思うようになる。「世間一般の考え方」という言葉が与える効果も同じで、何だか考え方の世間の規範というものがあるように思ってしまうのだ。「世間並み」とか「世間的」という言葉も同じである。平均的で無難な生活や考え方が、言葉のせいで、現実のどこかにちゃんと定まってあるように思われているのだ。だが、それは実体ではない。新聞、雑誌や官製データや、噂や少々の見聞からつくられるイメージにすぎないのだ。〉(本書より)
 子供の頃、親にふたこと目には、「世間さま」を説いてよく説教された。そんなこと、よくわかっている!! と、わかっていても、黙って聞いていた。親の意見も、ごもっともだと心の中で思った。あの頃は、まだ世間の眼というものが生きていた。世間の眼の中でみんな生活していた。「お天とう様がゆるさねえ」、とかゆるすとか。世間に気をつかっていたと思う。
 夜の公園で新聞をフトンがわりにして寝ていても、そこを通り過ぎた人が、読み終えた新聞を、ソッと、かけブトンのようにかけてくれるのが世間というものかと……。甘い甘い。そばにあったゴミ箱へポイと捨てていってしまう。ゴミ箱に捨てるくらいなら……と、思うのだが、人の心とか世間というものはそんなものではない。もっとも、その寝ている奴は、ヨッパライで終電にまにあわなかったおっちゃんであったりする。
 そういえば、昔は時代劇の映画が全盛であったりした。大スターがキラ星の如くいた。特に東映の時代劇といったところだろう。田舎の隅々まで、巡回映画が月に一回や二回はまわってきたものであった。映画といえば暗い夜を待たねばならない。冬の寒い夜でも地ベタにムシロを敷いて座り、白い衣をスクリーンにして、風でパタパタゆれる画面を夢中で観たものであった。それが、東映の時代劇であったりした。時代劇といえばストーリーが「世間さま」であった。あの頃までは「世間」という昔からの、しきたりがあった。そんな時代劇映画もいつの間にか無くなってしまった。テレビの世界からも消えた。親たちも「世間」なんて説教もしなくなった。世間という風がやんでしまったというのか。今は、テレビのワイド・ショウが受けついでいる。







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