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評者◆秋竜山
昔の「エンペツ」はよかった、の巻
No.3370 ・ 2018年10月13日




■半藤一利『歴史と戦争』(幻冬舎新書、本体七八〇円)を読んでいたら、こんな文章があった。
 〈鉛筆のなつかしい香り――原稿用紙をひろげた机に向かって心を落ち着ける。ふと、削りたての鉛筆の先を嗅いでみる。小学校一年生の、なつかしい香りがしたといったら、信じて貰えないであろうか。ことによったら、わが感情生活は知らぬ間に、この鉛筆の香りの影響をうけているかも知れない。忘るべからざる初心が不意に甦ってくる。(略)〉(本書より)
 読みながら著者の感情がこっちも同じように甦ってくる。「アア、なつかしいなァ」。思わず、心の中でさけぶ。そして、自分が小学校一年生になってしまう。ちょっと目をつむって、その頃の自分の姿とか、村の分校の、そして教室などが浮かびあがってくる。忘れていた記憶が脳にきざみこまれていたことに「そーだったよなァ……」と、泣きたいような気持になってくる。年をとってからの記憶の甦りは、ことさら、涙腺をふるわせるようだ。若い時には、けっしてない感情である。よい文章からのシゲキはことさら、心にひびく。
 たしかに、鉛筆である。鉛筆の力というものか。と、いうことは今、はやりの鉛筆力ということになるのだろうか。自分の人生の中で、鉛筆力は絶大なる力を持っている。毎日、鉛筆を手にしている。鉛筆を持たない日はない。漫画家という職業柄、鉛筆なくしてこの仕事は成り立たないだろう。漫画を描くということは、鉛筆を持って白い紙に向かうことから始まるのである。漫画のアイデアをアレコレと、白い紙に鉛筆で線を引き、こねくりまわす。ン十年同じことのくりかえしだ。それも鉛筆でなくてはできないことである。自分の漫画は99パーセント、アイデアであると思っているから、99パーセント、鉛筆によるものであるといってよいだろう。
 そして、その鉛筆であるが、昔の鉛筆のことが思い出される。まず、第一に「鉛筆とは、なめるものなり」と、いうことである。昔の鉛筆はなめ、なめしながら紙に書きこんだ。私の知る限りにおいては、昭和二十年代ということである。その時代の正しい鉛筆の使い方である。映画やテレビドラマなどで鉛筆を使って書きこんでいる場面があったとしたら、この鉛筆のなめなめの演技をするかしないかで、その作品のよしあしが決まるというか、演出家のウデの見せどころということになるだろう。鉛筆はなめることによって線がひけたり文字が書けたりした。なめないと、うすい線というか。やっぱり、なめないわけにはいかなかった。鉛筆はなめるものとなっていたから、世の鉛筆を持つ人の、なめなめしながら手帳などに書きこんでいく姿をみると本物と思えてくる。当時そんなクセがついていて、ボールペンなど出はじめの頃は思わずなめてしまったものであった。いまだに、八十代九十代の人たちの中で、なめながら鉛筆をつかっている人がいたりする。鉛筆はなめないと気分がわるい、という人を笑うわけにはいかない。そして、かかせないのは、チビた鉛筆である。まてよ、やっぱりエンピツと書かないと気が一つのらないようである。当時の年よりはエンペツなんていったものであった。昔のエンペツは嗅いでよし、なめてよしであった。







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