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評者◆藤田直哉
「ビッグボス(≒ビッグブラザー)は、あなたたち一人一人である」――アクションゲーム『メタルギアソリッドⅤ ファントム・ペイン』と『一九八四年』
No.3362 ・ 2018年08月04日




■前回、石巻出身の作家・辺見庸が二〇一二年に刊行した『瓦礫の中から言葉を』の中で、「二〇一一年のニュースピーク」という言葉を使い、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』になぞらえて震災後の日本社会を認識していたことを確認した。
 同じように、震災後に『一九八四年』を応用して、震災後の状況を描いていたのではないかと思われる作品がある。『メタルギアソリッドⅤ ファントム・ペイン』(以下『MGSV』)である。本作はゲームというメディアを用いて、震災後の日本の『一九八四年』的な状況を表現した寓話的な作品として高く評価することができる。実際に、脚本・監督の小島秀夫は、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を参照したことを公言している(そのせいなのかどうか、本作はイギリスで大ヒットとなった)。
 ゲーム業界は、フェイクニュースやWEB上でのプロパガンダ合戦が著しい世界である。トランプ大統領が当選した際にWEBのフェイクニュースなどの影響力が頻りに分析され議論されたが、そのような問題系に先んじて巻き込まれていたのがゲーム業界である。そのような場所で知見を積み重ねていたからこそ、二〇一五年に発表された本作は、二〇一六年にオックスフォード辞典が選んだ「今年の言葉」に「ポスト・トゥルース」が選ばれるのに先んじて、その問題系を描き切ることに成功したのではないかと思われる(実際、「真実Truth」というチャプターがあったり、ニーチェの「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」がエピグラフに使われていたりする)。
 では、このアクションゲームが、震災の影響を受けていると考える理由は何か。まず、「メタルギア」シリーズは、「反戦反核」をテーマにし、原爆や核時代をモチーフにしてきたゲームであるということがある。よって、東日本大震災を経験した後に発表された本作は、福島第一原発での事故の影響を受けていると考えられる。そう考える根拠となる作中の事象をいくつか挙げるなら、作中で主人公たち傭兵部隊の基地で放射性物質の漏洩の事故が起こる、主題歌のひとつにはマイク・オールドフィールドの「nuclear」が使われている、予告の一つの冒頭にはマーク・トゥエインから借りた「怒りとは酸である。注ぐ相手より、蓄える器をより侵す」というエピグラフがある、ということなどが挙げられる。放射性物質は、核兵器として攻撃に使うメリットよりも、それを持っている国自体にダメージを与えるデメリットの方が大きい、という含意をここから読み取るのは難しいことではない。
 これらの理由から、東日本大震災と、原発事故がおそらくは念頭にあると考えることができる。しかし、それ以上に、本論の観点から注目したいのは、中心となっているのが「言語」であることである。作品全体の筋が、言葉を操作することで、思想を統一し人々を管理しようとする勢力と、それに抗う勢力の対決なのだ。
 そのようなオーウェルの構造を使いつつ、本作がまさに「現代」の作品である、と思わせられたのは、第二章、作品の後半である。ここで作品は転調し、急速に変化する。
 自分たちの基地を攻撃し、壊滅させた敵に復讐するために、基地を復興させ、育てていくのが前半だ。しかし、倒すべき敵を倒したあとの後半、基地の内部での戦いに物語は移行する。皆、疑心暗鬼になり、内ゲバやリンチが繰り返されるようになる。基地には「BIG BOSS IS WATCHING YOU」というポスターが溢れる。BIG BROTHERを同じイニシャルであるBIG BOSSに変えた皮肉である。
 基地では、謀略の存在に皆がおびえ、不安になり、何が真実で現実なのかもわからなくなり、疑心暗鬼になり、仲間同士で争い、不安と恐怖の捌け口を見つけるために人民裁判やリンチを行い、冤罪をでっちあげる。そういう集団へと主人公たちの集団が移行し、最終的に破壊的なテロリスト集団になっていく。主人公たちの組織はDiamond Dogsという名前だが、これは「解離性障害」Dissociative Disordersを意味していると作中で明らかにされる。
 最終的に、主人公は自分を伝説の英雄「ビッグボス」だと思い込んでいるが、それは自己暗示であり、嘘だったとわかる大仕掛けがある。周囲の人々や仲間も、薄々それが偽物であるとわかっているが、自分自身を騙している。「ダブルシンク(二重思考)」による自己欺瞞が、主人公だけではなく、仲間たちにも蔓延しているのだ。
 これを描いたのが、『MGSV』が『一九八四年』と大きく異なる点である。そしてその差こそ、『一九八四年』と、現在の現実との差異を示唆する部分である。
 「自分で自分を欺く、自己洗脳をする」「民間人同士が疑心暗鬼になり、人民裁判的なことが起こる」「民間人同士で思想の統制・検閲が起きる」という状態は、実際に震災後の日本で非常に幅広く見られた。特に、TwitterなどのSNSで。右翼か左翼かも関係なく、日本社会のモードが変化したのだろう。民間による相互のプロパガンダ、デマ、世論戦、リンチ、検閲、統制が苛烈化し、オーウェルが『カタロニア讃歌』で描いた「たえず変化する流言」「検閲をうける新聞」「政治的な不寛容」「精神病院にでもいるよう」(p212)な状態が訪れた。
 『MGSV』はその状況を描く寓意だと考えられる。そして、作品中の「ゲーム」というメディアを生かした大仕掛けの持つ批評的なメッセージを言語化するならば「ビッグボス(≒ビッグブラザー)は、プレイヤーであるあなたたち一人一人である」「全体を監視し統御する陰謀の主体はいない。それはむしろ、我々一人一人である」、ということなのではないだろうか。
 これは、『瓦礫の中から言葉を』で述べられた「下から」「おのずから」という見解と非常によく似ている。違うのは、『MGSV』が、デジタルゲームという装置を使っており、SNS的なリアリティに接近し、その寓話になっているという点だろう。
 もちろん、フィクションであるから、直観的な何かで作られている部分は多々ある。しかし、先にも述べたように、フェイクニュースやSNSなどが実際に政治的な影響力を持つという点の認識においては、むしろトランプ当選前の多くの識者よりも遥かに的確な認識を示していたことは疑うことはできない。
 しかしながら、「ではどうするか」という点を、本作は描けていない。「未完」説もあるほどである。主題の必然として「未完」にならざるを得ない部分は確かにあるだろう。それは現実のこの社会に投げ返されるべき問いである。
(文芸評論家)
――つづく







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