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評者◆秋竜山
赤ン坊の言葉、の巻
No.3361 ・ 2018年07月28日




■「記憶にございません」と、いう言葉を聞くと、「ウソだァー」と、反射的に思ってしまうのは悲しくもある。素直に「そーですか」と、思えないことが大問題である。ヒトの記憶が何歳ぐらいから始まるのか。自分で記憶をたどってみると、三歳か、四歳か。いや、二歳かもしれない。五歳かも、と、実にあやふやであり、たよりない。そして、確実にいえることは、母親のオッパイを吸っていたことの記憶があるような、ないような。一歳か、二歳の頃のことだと思う。記憶力バツグンなヒトは思い出すかもしれない。自分はどーかというと、記憶どころか、自分の存在すら浮かびあがってこない。自分のことが記憶にないということは、はがゆいとは思えども、仕方がないことである。このことに関していえばの話である、が。で、あるからして、「オッパイ、オッパイ」と、母親にせがんだ記憶もない。もちろん、そんな言葉すら知らないはずだ。ただ「ギャーギャー」わめくだけだったろうと思う。その泣き声に母親のほうが、何のために泣き声を発しているのか聞きわけたのであろう。
 川田順造『〈運ぶヒト〉の人類学』(岩波新書、本体七二〇円)では、
 〈立ち上がって二足歩行をはじめる前の、ヒトの乳呑み子が発しうる言葉は、呼気と唇だけを使った最も単純な両唇音、「マンマ」「ママ」「パパ」「ババ」などだ。乳呑み子にとって重要な乳に対する要求の表現は、日本記で食物を意味する幼児語「マンマ」、ラテン語で乳房を表したり、ヨーロッパ語で母を意味する幼児語でもある。(略)中国語やアフリカのモシ語をはじめ、世界の多くの言語で母親や父親を指すことも、これと無関係ではないだろう。ヤマトことばには、父母を指す幼児語に、この系統の音声がないのは、不思議だ。〉(本書より)
 たしかに。私も、だ。記憶にないというより、何も発しなかったのか。「ンマ、ンマ」でもなかったろうし、「カーチャン」でもなかったろう。ましてや、「ママ」や「パパ」など、ありえるわけがない。そして赤ン坊にしてみれば、意味ある泣き声として「ギャー、ギャー」泣いていればよいのである。
 そーいえば、お尻がぬれた時など、ギャア、ギャア、言葉で知らせたものだ、と、記憶している、のではなく、たぶん、そーだったろう!! と、しか言えない。自分でも、泣きじゃくるのも、それぞれの意味をふくんでいるとは、思いもしなかっただろう。それぞれの状況の中で、異なった泣き声を発したのであっただろう。一度でいいから赤ちゃんにもどってみて、いったいそのへんはどうであったか、たしかめてみたい。
 そこで、思い出したのは、「おどったん」と、いう言葉である。私は小学校に入る頃まで、「おどったん」と、言っていた。ある時、バアちゃんに言われた。「わたしには、おどったんというのを〈オロッタン〉としか聞こえない」。私の舌がまわらなかったのだろう。昔のことで、「オロッタン」だなんて、みっともない、ということだ。そして、「おどったん」ではなく、「おとーちゃん」と呼ぶようにいいきかされた。そのへんのことについては「記憶にございます」である。







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