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評者◆高橋宏幸
セリーヌと動物――解体社の新しい地平
No.3359 ・ 2018年07月14日




■劇団解体社がここ数年、セリーヌのテクストを用いて作品を作っている。2年前には『夜の果ての旅』など、セリーヌの代表作の名をそれぞれに冠した三部作が作られた。今までも、パフォーマーがテクストの一部を引用して声に出すことはあった。しかし、身体の演劇として名高い解体社が、具体的に一人の作家のテクストへと近接した。それは確かに驚きとしてあった。もちろん、テクストを扱うといっても、セリーヌの小説やエッセイを戯曲化するものではない。さまざまなテクストの言葉を、パフォーマーの身体性と共振するように発していく。身体がテクストに読まれると同時に、テクストもまた身体に読まれていくのだ。
 むろん、今まで解体社が唱えた問題も色濃く刻まれる。たとえば、それまで行っていたポーランドの劇団テアトル・シネマとの共同制作のテーマである「ポストヒューマン・シアター」。それは、人間以後の人間の現在をいかに描くか。アガンベンの「剥き出しの生」のように、あらゆるものに囚われた身体=人体の裂け目としての現在を映し出そうとした。
 それらを引き継ぎつつ、最新作の『人体言語/虐殺のためのバガテル』は、解体社のアトリエでもある佐内坂スタジオで上演された。今までのモチーフである解体社の身体と、セリーヌのエッセイ『虐殺のためのバガテル』が交差する。それは露骨な反ユダヤ主義のテクストであり、フランスでは現在出版されず、日本語訳で『虫ケラどもをひねりつぶせ』としてセリーヌの作品集に収録されている。
 冒頭、薄暗い中から現れる一人の男によって「水平社宣言」が、とつとつと読まれる。そのパフォーマーの身体は、高らかな宣言とは裏腹に、まるで見えないなにかを恐れているように小刻みに震えている。そこからセリーヌのテクストはもちろん、セリーヌの妻の残した告白、寓話などが散りばめられて、パフォーマーたちの身体の状態が細部にわたって露呈されていく。
 確かに最初は静謐なものだ。民家を改造した空間は、大きな窓から夜の街の光や音が微かに入るなど、劇場とは違って自在に外部の状況を受け入れる。セリーヌの妻のテクストを語るシーンでは、まるで実際の小部屋に置かれた小さなテーブルと椅子に座る女性が、壁に掛かった絵に向かって、かつてあった失われた時を求めて記憶を紡ぐように語る。舞台の片隅のはずが、そこは窓辺に見えてくる。それは、非常に演劇的なシーンとして構成される。しかし、そこから単純なシアトリカリティにおもねらないのも解体社ならではだろう。むしろ、その物語に観客を没入させることを拒否する。
 舞台が進むにつれ、徐々にではあるがパフォーマーたちの身体はある熱狂を帯びたものへと変わっていく。セリーヌの反ユダヤ主義のテクストがいくつも発せられながら、パフォーマーたちがそれぞれの身体性をモチーフとした動きをする。地面に敷かれた鏡の上で照り返される身体、背景の字幕には当時その本がいかにスキャンダラスに賛否両論を巻き起こしたのか、書評などが流れる。熱狂の身体として四肢がまるで切り裂くように、何かにうなされるように動いたり、差別される身体と接続されるように自身ですらコントロールできない体となったり、テクストが抑圧を生み出していく。そのいくつもの身体のパフォーマンスが作り出した空間では、ときにマイクを使ったナイチンゲールズの寸劇のようなシーンが挟まれて、から騒ぎのような奇妙で空虚な空間と身体が現れる。
 そこから、もう一つの文脈である解体社の新たな身体=人体における動物という問題が見えてくる。それは講演のままで終わったデリダの晩年の思想、動物という問題と接続する。実際、『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』の一節も舞台では読まれる。むろん、デリダにおける差別やユダヤという問題は、セリーヌの反ユダヤ主義のテクストと真逆のものだ。また講義録である『獣と主権者』では、アガンベンへの批判もある。しかし、解体社がパフォーマーたちを通して示そうとする位相は、主権者としての人間をさらに脱構築するために動物的な身体性を追求する。いままでの解体社の文脈である剥き出しの生とセリーヌのテクストを蝶番させるものとして、動物としての身体性を交わらせようとするかのように、人間と動物との分けられない境界として、身体が抱える政治性を明るみにだそうとする。当初、セリーヌのテクストへと近づいた時は、ナショナリスティックな現代を穿とうとしたのかと思われた。しかし、解体社の射程ははるかに深く、来たるべき世界への問いかけを身体という場で行おうとしている。







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