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評者◆中村隆之
分からなさの向こう側を想像すること――作中人物の秘められた「独り物言い」を聴く
クジャ幻視行
崎山多美
No.3356 ・ 2018年06月23日




■いま、日本社会で流通している言葉のうちに大きな変質を感じているのはおそらく筆者だけではないだろう。よく言えば、誰にでも分かりやすく、悪く言えば、薄っぺらくなっている。『余白の声』の著者、鈴木道彦が語るような「言った以上は」責任をとる、というような言葉と行動の関係(詳しくは本紙3352号を参照)が顧みられなくなっているだけでなく、今日の日本社会では(あるいは世界的な傾向かもしれないが)言葉を道具のように捉える価値観がよりいっそう強まっているように思えるのだ。
 これは小説のような、言葉で作品世界を構築するジャンルにおいてすら観察できる。かつても今も小説は出版市場との関係において成り立ってきたが、読者の減少に応じて、現代の小説家はかつて以上に市場を意識しなければならない。何らかの賞を受賞して作家として「デビュー」し、一定の人気を確保しようとすれば、当然のこととして読者の目線を強烈に意識する。大手出版社であれば、売れることがその書き手の力量の指標と捉える傾向も強いだろう。結果として、崎山多美が『越境広場』第4号のある書評で述べるように「読みやすくて面白くてなんとなく分かった気にさせる文体」に流されるようになり、言葉の道具的価値観のなかで「自分がかわいいだけの書き方読み方」だけがますます有力になっているのではないか。
 最近、崎山は花書院から二冊の小説集を刊行した。ひとつは『うんじゅが、ナサキ』(2016)、いまひとつは『クジャ幻視行』(2017)である。いずれも初出は『すばる』であり、『うんじゅが、ナサキ』には2012年から16年までの連作が、『クジャ幻視行』には2006年から08年までの連作が収録されている。崎山の作品には、「知りたくない出来事や他者のことで葛藤」することじたいをあたかも主題とするかのような構えがある。たしかにその物語世界の深部には、沖縄戦の記憶――とりわけ死者たちの記憶が潜み、生者である作中人物が死者の声から呼びかけられるという死者と生者の能動/受動関係から物語が展開する、という特徴的な物語の骨格がある。しかしながら、こういうまとめ方もまた読み手を「なんとなく分かった気にさせる」危うさがあることを急いで付け加えよう。
 崎山の小説言語の特質は、その深い言語意識に裏打ちされた地の文もさることながら、まずは破天荒な会話文のほうに見出せる。会話文は、作家当人が言うところの「シマコトバ」(琉球諸島の複数の言語が混じり合った作家独自の言葉)や、シマコトバと会話の日本語を混ぜあわせたものだ。このためウチナーグチを解さない日本語話者にはただちに分からない表現がたびたび出てくる。しかし、「ヒーヤーサアサ、ハ、イヤッ、ってなもんさね人生ってやつはよ。どうゆー意味かって? それはあんた、ヒトそれぞれで想像するしかないでしょ」と、劇団「クジャ」の女優、高江州マリヤが言うように、意味を確定して理解したつもりになるよりも、この分からなさの向こう側を想像することのほうがはるかに重要だ。
 『クジャ幻視行』は「基地のマチ」クジャを舞台にした7つの短篇からなる。そのいずれもが土地と切り離すことのできない記憶の物語をなしており、幻視されるクジャの光景は、他所者の写真家とマチの住民(しかしいずれも他所者)の視点から内にも外にも描かれる。地の文をたどっていくと、クジャの路地の印象的な描写とともに、社の教会、街外れの丘陵地、海岸が異界と交わるクジャの外縁として書き込まれている。
 そのうちの一篇では、路地の向こうの丘陵地が舞台となる。この丘の向こうに海岸がある。この丘から海岸の手前までの上り下りの道なき道は、他所者たちが暮らすクジャのマチにもいられなくなった人々が「逃げ込む場所」となっていた。逃げ込んだ者のほとんどが入水自殺か首吊りかの末路を辿るそのピンギヒラを、日暮れ時に一人通る、老女とおぼしき人がいる。その人ピサラ・アンガは死者たちの声を「聴くヒト」として、このピンギヒラの死者の声に呼ばれてやってきては、その声の主を召喚し、供養してきた。今回、アンガを呼ぶ声の主は「尼僧ぶせいの女」である。「目の奥に攻撃的な色」を宿したその若い女は自分が何者であるかを言わず、アンガに「思い出して」とばかり言う。呼ばれ、呼びだした相手がみずからの意思で語り始めるのを聴くことでアンガは死者たちを鎮魂してきたが、今回は、その立場があろうことか逆転してしまう。アンガは必死に思い出そうとするが……。
 衝撃的な結末を迎えるこの「ピンギヒラ坂夜行」をはじめ、各篇はクジャにまつわるそれぞれの場所の記憶を不思議な物語とともに召喚する。物語はその記憶の核心を分かりやすく明かすことはない。しかし注意深い読者であれば、クジャの路地に迷い込んでしまった写真家のように、作中人物の秘められた「独り物言い」を聴き取らずにはいられないだろう。それを聴き取る覚悟が試されているのは、アンガだけではないのだ。
(フランス文学)







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