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評者◆平井倫行
尸解仙あるいは、青ざめた花を抱きて――追悼「和栗由紀夫 魂の旅」(@ゲーテ・インスティトゥート東京ドイツ文化センター、4月21日)舞踏家の御霊に捧ぐ
No.3354 ・ 2018年06月09日




■絵画と身体、あるいは、言語と身体との関係を字義通りラディカルな意味で問い続けた舞踏家の和栗由紀夫氏が、昨年十月二十二日、急逝した。
 本年四月二十一日、青山のドイツ文化センターで開催された追悼企画では、生前の舞台衣装や写真、皮膜彫刻、タペストリーなどが展示される他、ゆかりのある舞踏家やダンサー達による公演が繰り広げられ、ありし日の氏の活動を偲ぶ映像観賞なども通し、故人を慕い集った人々との間に、華やかかつしめやかな空気が共有されたものである。
 昭和二十七年、東京都東大和市に生まれた和栗氏は、同四十七年に暗黒舞踏の創始者・土方巽に弟子入りをして後、死にいたる四十五年にも及ぶ
人生を、師直系の弟子として後進の育成、舞踏技術の発展のために捧げた。
 分けてもその業績として際立っているのは、土方の遺した技法書であるところの『舞踏譜』の解釈と体系化にあり、「舞踏譜の舞踏」を追究することは、氏が己の生涯を懸けるべき使命とした、不可避の「命題」であったといってよいであろう。
 土方の振り付けを紙面へと記譜した『舞踏譜』とは、暗黒舞踏のまさに神髄にあたるもので、そのなによりの特徴は、絵画的な伝達要素と言語によるイメージ喚起力を重視した、独特な記述方法にある。
 ベーコンやゴヤ、またハンス・ベルメールの人形(少女)など、肉体そのものの危機や闇を注視した数多くの芸術家の作品が挙げられ、それらが呼び水のごとく誘引する印象の端々へと書き込まれた膨大な言語こそが、その時折に表現すべき身体の在り様へと密接に結び付いているのである。

 「曖昧なものを包囲する」

 土方は舞踏の技術を要約するに際し、かくした言葉を述べていたとされるが、和栗氏はそれが「実体の定かではないイメージを特殊な言葉で追い込んでゆく作業」であると指摘する(『舞踏譜考察』)。即ちその言明されるところとは、イメージという不確かなものを言葉の持つ規定力によって捕捉することであり、それは、無限定であるがゆえに兎角拡散しがちである思考の流体性を、ある凝縮された硬度へと収斂し、結晶化していくための方法であった、ということになるのであろう。
 このように、和栗氏の活動とは基本的には師・土方巽の技術体系を整理し、その言葉と絵画とで構築された迷宮の見取り図を設計する点にあった、といい得るが、しかしそれは氏が土方舞踏の盲目的な追従を目指していた、ということでは決してない。むしろ氏の功績の独自性とは、土方の舞踏を継承しつつ、その方法論に基づいた新たな創造力を強く考究した点にこそあるのであり、それは単に師の理論を受容するのではなく、その思想世界全体が有する広がりや連絡の回路をも、深く身に宿すことにあった。かくてその成果として結実した著作『舞踏花伝』を貫く大きな理念とは、「イメージによる身体変容の多様性」であり、それはまた同時に創造的多様性として、氏が土方の言葉と絵画との関係から導き出した、舞踏の核心なのである。
 「変形」「変身」「変容」、澁澤龍彦はかつて土方巽の人間観を評し、「エロティックとはメタモルフォーズの理論である」と述べた。「変ずること」を根幹においたこの発言とはしてみれば、和栗氏の考証した「舞踏譜の舞踏」にも、等しく通底する論理であったであろう。『おどりの美学』の著者である郡司正勝は、その「肉体と象徴について」において同じく暗黒舞踏に触れながら、日本人にとって身体とは「空だ」という単語が表すごとく「空ろ」なもので、その存在性自体が元来、朦朧稀薄なものと認識されてきたと指摘し、「うつし身」という語の有す儚さと、蝉の抜け殻を意味する「空蝉」の語の儚さとの観念的な連合を説いたが、しかし「うつろいゆくもの」であるからこそ、変化、新生の可能性は拓かれる。生命と結合した表象の心象化、心象の表象化という意味において、それは例えば刺青芸術に内在する秘匿と顕示の問題にも、深く通じる精神性であったであろう。
 平成二十九年十月十九日、和栗氏は京都精華大学で開催された公演の中、『病める舞姫』の舞台に立ち、その四日後、膵臓癌のため死亡した。
 「踊りとは命掛けで突っ立った死体である」、暗黒舞踏の定義としてしばしば引用されるこの言葉の意味とは、我々がみななべて死すべき者としてのみこの世に「在る」事実により結ばれるものであるが、ならばこの時舞踏家は、師が述べた言葉の意義を体現するがごとく、単一な個としての死を乗り越えた純粋かつ凄絶な舞踏性として、その最期の舞台に臨んでいたというべきなのかもしれない。
 死と美しさ、あるいは生と醜さとの関係を問い、一死一芸をもってその構造を紊乱してみせるのが芸術家の在りうべき一つの様式であるならば、しかしこのような形で衰弱を耐え、敢然と受動し切る生の様式も、また存在する。
 人がその身に意志の自由を想う時、「魂の旅」は終わらない。
(刺青研究)







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